電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第82回

「信州・上田は、真田幸村だけじゃない!!」


~産学官をつなぐARECを立ち上げた市役所出身の大学教授の男~

2014/4/25

 信州上田といえば、やはり名にしおう戦国大名の真田氏居城の上田城を思い浮かべてしまう。天承11年(1583年)に築城されたこの城は、戦国時代に2度にわたって徳川の大軍を退けたことで知られている。何しろかの徳川家康の息子である徳川秀忠は3万8000人の大軍を率いて上田城を攻略したが、わずか2500人の手勢の真田昌幸・幸村父子にコテンパンにやられまくり、何と関が原の戦いに遅刻して間に合わなかったのだ。この大失態にはさすがの家康も怒りまくったという。

 筆者も子供のころには、講談で名高い真田十勇士の映画などを見て興奮したものだ。真田幸村が率いるこの軍団は、忍者映画の定番とも言うもので、猿飛佐助、霧隠才蔵、根津甚八、三好清海入道などの活躍に、少年の胸をときめかせたものだ。しかして、信州大学特任教授のある男は、「信州・上田は真田幸村だけじゃない!!」と息巻く。上田の街は真田一色で観光客を呼ぶことは仕方ないとしても、知の集積を全国発信していく運動論にもう少し注目してもらいたいというのだ。

AREC専務理事(信州大学特任教授)岡田基幸氏
AREC専務理事(信州大学特任教授)岡田基幸氏
 この男の名は岡田基幸という。大阪市出身で、信州大学繊維学部大学院を経て上田市役所に入り、13年間を勤務する。上田市は人口16万人、長野県下では長野、松本に次ぐNo.3の都市である。信州大学の理工系や農学系の拠点も置かれており、何はともあれ学問の街なのだ。岡田氏は上田市役所において工業団地や工場立地の仕事に携わるなかで、現在のAREC(一般社団法人 浅間リサーチエクステンションセンター)の立ち上げに注力することになる。ARECは信州大学繊維工学学部構内に本拠を持つ産学官連携支援施設であり、大学の研究シーズと民間企業のニーズをマッチングさせ、数多くの産学協同プロジェクトを支援してきた。

 「自分でもまさか市の役人から大学教授になるとは思わなかった。工学博士論文はポリエチレンの結晶化構造で取った。ARECの立ち上げは2002年2月であり、ここから12年間にわたる活動のすべてを見てきたし、従事もさせていただいた」(岡田氏)

 つまりは岡田氏には2つの肩書きがある。AREC専務理事として事務局を仕切っていく仕事と、信州大学繊維学部の特任教授として活動することの2つなのだ。ARECの活動はこれまでに日刊工業新聞社の第3回モノづくり連携大賞特別賞、JANBO Awards2004、Japan Venture Awards2007、ものづくり大賞NAGANO 2013 特別賞など数々の受賞暦を誇っている。また、岡田氏個人も財団法人商工総合研究所の平成16年度中小企業組織活動懸賞レポート本賞、第1回イノベーションコーディネータ大賞の文部科学大臣賞を受賞しているのだ。

 「ARECの活動は多岐多様にわたっている。会員企業は現状で174社を数えるが、いわゆる技術相談はこの12年間で831回にも達している。技術研修会は特許の基礎とその活用、マーケティング入門、ビジネス英語講座、工場エネルギー30%節約対策、クラウドで開発する組み込みマイコン講座など、人気のラインアップを取り揃えている。リレー講演会では、地下水制御型次世代ヒートポンプ空調システム、SiCを用いた電力用素子の現状と課題、革新的な小型・透過型液晶パネル技術の紹介など、魅力のあるものをやってきた。就活をテーマに企業経営者と学生の皆さんが地元の店を会場にして、お酒を飲みながら率直な思いを語りあう就コン(就職コンパ)も大変好評なのだ」(岡田氏)

 就コンはユニークな取り組みとしてNHKの番組でも取り上げられた。就コンを充実させる一方で、U・Iターン支援も行っている。つまりは、首都圏の長野県出身の学生や社会人に就職活動支援イベントに参加してもらうことによって地元中小企業への理解を促進させ、U・Iターンを支援するというものだ。2013年度は6月29日に「信州若者1000人会議」を東京・渋谷のヒカリエで開催している。
 今でこそ上田市は、長野新幹線で東京からたったの1時間15分で着く至便なエリアになった。しかし、真田氏が居城を築いたころは、山間草莽の地であった。その上田から巻き起こった産官学連携のARECという運動論は、地域活性化という観点から見て、全国に少なからぬインパクトを与えたのだ。そしてそれは、市役所に13年間勤務した男が熱情の果てに生み出した画期的なアイデアの勝利でもあったのだ。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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