電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第93回

「10年ごとに半導体はカスタム化と標準化の波を繰り返していくのだ!!」


~アルメニア共和国のグローバルIT賞受賞の栄誉に輝いた牧本次生氏の言葉~

2014/7/25

 「ITは現代文明の機関車である。半導体はその機関車のエンジンである」
 ニッポン半導体の激動の時代をまっしぐらに駆け抜けて来たその人は、IT立国アルメニアからグローバルIT賞を受賞したスピーチで、このようなコメントを出したのだ。2013年11月15日のこと、アルメニア大統領府においてサルグシャン大統領よりメダル、トロフィー、賞状を授与されたその人の名は牧本次生という。

アルメニア「グローバルIT賞」を受賞した牧本次生氏(中央、右は御夫人)
アルメニア「グローバルIT賞」を受賞した
牧本次生氏(中央、右は御夫人)
 「一国の盛衰は半導体にあり!」と主張される牧本氏は、日立半導体のトップとしてニッポンが半導体王国を築いた時代を生き抜き、その後ソニー半導体のトップとなり、最近では半導体産業人協会の会長として長く業界に貢献されてきた。そうした長年の半導体の技術革新に関わってこられたことを高く評価されたのだ。筆者の記憶では、やはり牧本氏といえばマイクロコントローラーの革新を成し遂げた人として位置づけられるのだ。

 ところで、アルメニアは人口300万人の小国であるが、歴史は古く、紀元前には古代アルメニア王国を築いたことで知られている。かつてはソ連邦のシリコンバレーといわれ、現在はシノプシス、メンター・グラフィックス、マイクロソフト、サンマイクロシステムズなど多数のITカンパニーが進出している。

 グローバルIT賞は、ITの進歩に顕著な貢献をした1名を毎年大統領が表彰するものであり、2010年にはインテル元会長のBarrett氏、2011年はアップル創立者の1人であるWozniak氏、2012年は世界初のマイコンを開発したFaggin氏が選ばれている。牧本氏は、日本人として初の受賞の栄誉に輝いたのだ。

 「1978年の日立の4KSRAMはCMOS革新を先導したデバイスとして国内外に多くのインパクトを与えた。つまりは、CMOSがNMOSと同等のスピードを出せることを初めて実証したのだ。この開発に関わったのが日立の安井、牧本、増原であった」(牧本氏)

 CMOSは今や半導体の主流をなす技術であるが、70年代後半までは低消費電力のニッチ製品のみにしか使えないといわれていた。今時の人は知らないだろうけれど、MOSプロセスの主流はかつてNMOSであったのだ。ところが、日立が作り上げた4KSRAMは、当時最先端のインテルのNMOS品「2147」のスピードに並んでしまったのだ。しかも、消費電力はインテル製の約1/10の15mAであったのだから、業界を驚かせる出来事ではあった。

 1982年には信州精機(現在のエプソン)が世界初のハンドヘルドコンピューター「HC-20」を発表するが、オールCMOSで構成され、コードレスで50時間も使用が可能というものであった。メーン・プロセッサーには日立のCMOSマイコン「HD630」を2個搭載していた。この「HC-20」は、実に25万台を売るベストセラーとなったのだ。

 「93年には、日立は初のSHマイコンを市場に投入する。当初はデジタルカメラなどの新分野を開拓していくことになる。新型RISCアーキテクチャーの採用で世界最高レベルのMIPS/Wを実現した」(牧本氏)

 SHマイコンは2014年の今日にあっても充分に通用するデバイスとしてロングセラーズとなっている。この開発をリードしていった牧本氏の功績は歴史に残るだろう。現状でITの一大主役となっているスマートフォンの発想も、牧本氏の開発路線の延長線上に出てきたものとも考えられるのだ。

 「ところで、私はMakimoto's Waveという未来予測を1987年に発表している。これは、1957年から10年刻みでカスタマイズと標準化を繰り返す、というものであったが、これはありがたいことにすべて当たってきた。2013年12月のIEEEコンピューター誌に最新予測を発表した。2007~2017年まではカスタムSOC/SiPの時代、そして2017年からの10年間は再びの標準化の時代を迎え、ハイエンドの共通チップが世に出て行くだろう。つまりは、カスタム化の設計コストが膨大化しすぎているからだ」

 先見性に優れる牧本氏の言葉だけに、業界の人たちは深く胸に刻み込んでいく必要があるだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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