電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第107回

かつての事実上の世界王者IBM、ついに半導体製造を譲渡


~PCも、銅配線も、SOIウエハーも、画期的な開発は常に先行の歴史~

2014/10/31

 ついにこの日がきたか、との思いで日本経済新聞の10月21日付6面を眺めていた。そこに書かれていたトップ記事は、「IBM、半導体製造を譲渡、15億ドル支払う条件で」というものであった。要するに、不採算の半導体製造部門を半導体受託製造会社のグローバルファウンドリーズ(GF)に譲渡するとの発表であった。「GFは米国本社とはいうものの、アブダビの政府系投資会社が作った会社だから、要するに中近東アラブにバリバリの米国の名門企業IBMが負けたということね」と心の中につぶやきながら、煙草を吸いに喫茶店へ重い足取りで出かけた。

 筆者が半導体を本格的に取材し始めたのは80年代前半である。まさに日本の半導体開発の国家プロジェクトが成功して、ニッポン半導体は上昇一途の状況であった。当時自分で調査した国内半導体メーカーの生産額推移を見れば、83年度は1兆9974億円であったが、84年度は実にこれが51%も伸びて3兆172億円に達したのだ。ちなみに、筆者が所属する半導体産業新聞によれば、2014年度の国内半導体メーカーの生産計画は3兆8801億円であるからして、ほぼ30年前の水準と大差がない、ということになる。日本の電機産業の後退をはっきりと位置づける数字なのだ。

 ところで80年代前半には、疾風怒濤の取材で飛びまわっていたが、ある日ある時、外資系半導体メーカーの大手幹部から耳元でこう小さくささやかれた。
 「泉谷クン、君はそうやって世界および国内の半導体生産ランキングを必死になって集約しているが、本当の半導体の世界チャンピオンは誰だか知っているかい。それは日本電気でもテキサス・インスツルメンツでもないのだよ。コンピューターの巨人、IBMこそが半導体生産トップの存在なのだ」

 この一言には筆者も驚いた。その後あらゆる調査会社や研究機関、さらには同業のマスコミに聞き込みをしたところ、やはり事実上の半導体の世界王者にはIBMが君臨していることが分かってきた。思えば、パソコン(PC)は、IBMが初めて名づけて世に製品を出して、それが一般用語となってしまった。パソコンこそ半導体を最も消費するものであるから、大型コンピューターを制し、パソコンを先駆けて出荷拡大したIBMが半導体においてもトップに立っていることはおかしくないのだ。しかしてIBMはキャプティブメーカーであるから、自社内製化している半導体生産は世間に公表しない。それゆえに、事実上のトップであっても、あらゆる生産ランキングにはその名前を見ることはなかった。


 多くの半導体の画期的な開発を思い浮かべてみれば、IBMがやってきたことは、すばらしい成果と言わざるを得ない。量産ラインに初めて銅配線を採用したのはIBMである。SOI(シリコン・オン・インシュレーター)ウエハーを開発したのもIBMであった。この創業100年を超える企業は、コンピューターで世界を席巻するわけだが、材料技術まで踏み込んだ基礎研究を絶え間なくやってきた。それゆえに半導体開発についても、いつもフロンティアランナーとして活躍してきた。SOIの技術などはデンソーの岩手工場などに実用化ラインとして今生かされようとしているが、これもIBMが作ったものが自動車という世界で開花した例である。

 今回IBMは米国にある半導体工場のほか、半導体の知的財産や技術者も含めてGFにすべて譲渡する。ただ、さすがにIBMらしいと思うのは、半導体製造すべてを諦める一方で、今後5年間で半導体開発に30億ドルも投資する方針を固めていることだ。何としても最先端の微細化技術などは自前で作り上げて見せる、というIBMの矜持がここに表れている。

 IBMの拠点であるイースト・フィッシュキルは、常に世界の半導体業界、IT業界を驚かせてきた。しかして今回、半導体製造を譲渡し構造改革に向かうIBMの姿は、名門といえども正念場を迎えたことを意味する。IBMが必死になって開発を進めている人工知能型コンピューターは、創業者の名前を取って「ワトソン」と命名されている。ワトソンの成し遂げたことに帰れ、との思いがそこにはあるのだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
サイト内検索