電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第158回

東芝が3Dフラッシュで反撃に出る


~絶対に負けられない戦いが始まった~

2016/8/5

竣工式のテープカットセレモニー
竣工式のテープカットセレモニー
 2016年7月15日、東芝とウエスタンデジタルコーポレーション(WD)が共同で事業展開しているフラッシュメモリーの新たな施設、四日市工場の新・第2製造棟(N-Y2)の竣工式が華々しく執り行われた。蒸し暑い梅雨の晴れ間、昼前のテープカットには東芝の綱川智社長をはじめ、新パートナーのWDのスティーブ・ミリガンCEO、三重県知事や在日米国大使館公使ら、日米の政財官のトップが陣取り、今回の新たな建屋の竣工式を皆で祝った。

N-Y2が竣工

 四日市工場は、東芝のフラッシュメモリーのマザー工場である。1993年から操業を開始しているが、かれこれ四半世紀にわたる歴史を持つ。敷地面積は43万6000m²にも及び、1周するだけで3~4kmある。昼休みには東芝社員らがよくランニングする姿も見られるという。さらにY5と呼ばれる300mmの大型クリーンルームに隣接して用地取得を行っており、新たなフラッシュメモリーの新棟建設も視野に入っている。今後とも東芝+WD陣営のハブ工場として機能することは間違いない。これだけ1カ所に集中させたフラッシュメモリーの拠点は世界でも類を見ない。

東芝の命運を握るN-Y2
東芝の命運を握るN-Y2
 今回のN-Y2は、96年に建設された8インチウエハー対応の第2クリーンルーム棟を解体し、新たに規模を拡大して建て替えたものだ。14年9月から工事に入り、一部の建屋はすでに完成・稼働していたが、16年7月に全体工事を竣工させた。鉄骨2層5階建てで、高さは100mを超える。建屋面積は約2万7600m²に及び、05年に竣工したY3とほぼ同等の広さになる。

最新解析システム導入して歩留まり向上

 一極集中の効率性を追求した最新ファブであるがゆえに、万が一の事態に備えなければならない。例えば大きな地震である。このため事業継続計画(BCP)の観点から、最新の免震構造を採用するなど抜かりはない。07年竣工のY4ならびに、14年に完成した最大の建屋面積を誇るY5(約3万8000m²)では、建物の揺れを1/4程度まで抑制できる。震度6程度の揺れであっても震度3~4に軽減できるという。

 免震層には、特殊なゴムと銅板を組み合わせた積層ゴムを多数配置するなど、免震技術の粋を集めた。さらに、08年からは「緊急地震速報システム」を導入するなど、総合的に地震対策を向上させている。これは、気象庁配信の地震速報情報と、工場内の地震計からの情報をもとに、地震が到達する前にその到達時間や規模を予測して、わずかな時間内で製造装置を緊急停止させるとともに、自動放送によりクリーンルーム内の作業者に安全確保を促すシステムだ。

 一方で、一極集中という生産体制を最大限に活用しながら、ウエハー搬送システムのスピードアップ(時速30~35km)を図ったり、最適な搬送システムを構築することで歩留まり向上につなげる。さらには、高度な制御が必要な様々な半導体製造装置の運用やプロセス管理については、日々上がってくる膨大なデータを処理し、解析結果をリアルタイムで見える化する。このため、16年から、こうしたビッグデータの解析に機械学習技術(AI)を適用した解析ツールを導入する。これを検査画像解析に適用すると、1日あたり数十万枚の画像を解析でき、欠陥の種類を自動的に分類できる。これらを製造装置側にフィードバックしたりして生産歩留まりの向上につなげる狙いだ。

最悪時期の中、大型投資を決断

 今回のN-Y2の投資決断には力が入る。東芝は昨年来、不正会計処理の問題で歴代の3社長が相次いで辞任に追い込まれるなど、一時は存亡の危機に瀕していた。当時の田中社長は、「140年の東芝の歴史の中で、最大とも言えるブランドの毀損があった」と、多数のカメラの放列の前で苦渋の表情で語ったのだった。

 この大混乱のなか、虎の子の医療機器ビジネス(東芝メディカル)をキヤノンに約6700億円で売り渡している。また、歴史のある白物家電を中国企業に売却するなど、相次いで事業売却を迫られた。それほど切羽詰まった状況のなか、逆風の原子力事業を抱えながらも将来のエネルギーや社会インフラ分野を東芝本体に残して注力事業に組み入れたほか、フラッシュメモリーなど半導体事業を含むセミコンダクター&ストレージ分野にも経営資源を投入することを決断したのだ。

N-Y2のクリーンルーム内部
N-Y2のクリーンルーム内部
 しかし、半導体は金食い虫だ。今回の四日市工場のN-Y2にはすでに解体工事ならびに建設費用を含めて600億円が投じられ、16年度のストレージ&デバイスソリューション社(旧セミコンダクター&ストレージ社)として2850億円の投資を計画しているが、このほとんどをN-Y2の製造設備に充てるという。まだ空いている2/3ほどのスペースに順次、製造装置を導入する計画だ。次期新棟の建設も内定している。東芝はこの半導体事業に同社単独で向こう3年間に8600億円の大型投資を敢行する。さらに今回新たなパートナーとなったWDも同様に、3年間で50億ドルを四日市工場に重点的に投資する。

NANDの生みの親の意地

 東芝は、NANDフラッシュメモリーを世界に先駆けて開発し、量産化を決めた業界のパイオニアである。年間市場規模が280億ドル前後まで成長してきた同市場も、最初は一筋縄ではいかなかった。90年代前半から量産化を開始してはいるものの、書き込みの信頼性の確保やアプリケーションの開発などではパイオニアゆえの辛酸も相当舐めた。

 さらにサプライヤーが同社1社だけだったため、単独では市場が広がらないと見た東芝は、90年代初期に宿敵のサムスン電子にNANDフラッシュの技術仕様などのライセンスを与えている。しかし結果的に、この決断により2000年代に入ってサムスン電子にシェアを奪われることになる。まさしく庇を貸して母屋を乗っ取られる、由々しき事態となったのだ。

 触れられたくない過去だろうが、かつて東芝は、DRAMを捨ててNANDに活路を見出すという決断もしている。当時はそのサムスン電子をはじめ台頭著しい台湾の新興DRAMメーカーらの猛攻を受け、01年末には汎用DRAMからの撤退を余儀なくされている。

絶対に負けられない戦いが始まった

 東芝の歴史が始まって以来最大ともいえる危機のなかで、今回の3Dへの積極投資は、それゆえに特別な意味を持っている。

 自ら開発・事業化で先行しておきながら、後発メーカーやライセンス供与先にシェアを奪われ、いつまでもその後塵を拝するという屈辱は避けたい。何としてもNANDでシェアを奪還し、再び盟主に返り咲く最後のチャンスとなるかもしれないのだ。まさしく同社の存在意義が試されているといえる。そして、新生東芝としての企業業績を早急に安定軌道に乗せるという重要なミッションも担っているのだ。

 事業拡大のカギは、エンタープライズ向けのSSDが握るとされる。さらにはNANDのみならず、その信頼性や最適化を引き出せるコントローラーICの開発も重要な点だ。現状では大手ライバルたちに同分野のマンパワーでも引き離されているといわれ、開発エンジニアの確保も大切になる。
 高性能で低コストを一気に実現できるめどの立った3D-NANDで、現状はサムスン電子にリードされているものの、このほど先行他社に先駆けてサンプル出荷を行った64層品をてこに、一気に巻き返し策に出る。

 東芝とWDは、今後3年間で総額1.4兆円規模もの巨額な投資を今回のN-Y2ならびに次期新棟に振り向ける計画だ。もはや東芝は退路を断って、このフラッシュメモリーに経営資源をつぎ込むことを覚悟したといってもよい。東芝の絶対に負けられない戦いが始まった。

電子デバイス産業新聞 副編集長 野村和広

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