電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第195回

「世界初の印刷技術+有機トランジスタでIoTセンサーに展開する」


~2020年に3兆円市場のフレキシブル・プリンテッドエレに挑戦する山形大学の時任静士教授~

2016/8/12

  「印刷技術をフル活用した有機トランジスタの製造にはすでにこぎ着けている。凸版反転、グラビアオフセット印刷、インクジェット、さらには3次曲面印刷などあらゆる印刷法は何でも来いだ。そして、ついに到来したIoT時代に対応し、バイオセンサーなどに一気展開していく」

山形大学 有機エレクトロニクス研究センター センター長 時任静士氏
山形大学 有機エレクトロニクス研究センター
センター長 時任静士氏
 力強くこう語るのは、山形大学にあって有機エレクトロニクス研究センター(ROEL)のセンター長を務める時任静士氏(卓越研究教授、工学博士)である。時任氏は九州大学出身、豊田中央研究所に11年間、NHK放送技術研究所に10年間在籍し、6年前に山形大学に着任している。デンソーが無機ELをやっていた時代に、トヨタの有機ELを立ち上げた人物として知られている。レクサスのセンターパネル部に投入された白色の有機ELは時任氏が立ち上げたプロジェクトによるものなのだ。また7、8年前にNHKの「おはよう日本」やオリンピック会場でのNHKブースに使われていた有機EL照明も同氏の手によるものだ。

 「これまでフレキシブル有機ELの技術の追求には全力を挙げてきた。そしてまた、2003年に書き上げた有機トランジスタの論文は先駆的なものとして国内外の高い評価をいただいた。現在に至るまでこの論文は多く引用されているのだ」(時任教授)

 時任教授が確立したサプライズ技術の「印刷型有機トランジスタ」は、先ごろ文部科学大臣(研究部門)科学技術賞を受賞するという栄誉に輝いた。この分野における大きな表彰としては日本初のことであった。印刷法を駆使してフレキシブル+有機+エレクトロニクスに展開し、有機薄膜MOS型トランジスタを作ることに成功したのだから、国内外の関心は一気に高まった。

 「印刷で作る有機トランジスタには巨大な真空装置はいらない。普通のシリコン半導体プロセスと異なって百数十℃の低温プロセスで作れる。薄いプラスチックフィルム上に作れるし、材料はすべて使ってしまうので捨てることがない。エコであり、ローコストであり、しかもシンプルプロセスなのだ」(時任教授)

 こうした印刷法を使ったフレキシブル・プレインテッドであり、ラージエレクトロニクスといわれる分野は2020年には最大3兆円の市場を築くともいわれており、国内外での研究開発は急ピッチで進んでいる。ものづくりに回帰しつつある米国も5年間で200億円を投入し、このフレキシブル・プリンテッドの技術確立に全力を挙げているのだ。しかして、山形大学の有機エレクトロニクス研究センターはこの世界において頭一つ抜け出したのだ。

 時任研究室には材料、印刷、装置、ロジック回路、センサーを手がけるあらゆる研究陣および設備が揃っている。1つの研究室でこれだけすべての有機エレクトロニクスができる例はまずもってないだろう。ソニー、JSR、DIC、三菱化学、横河電機、東レエンジ、味の素などそうそうたる企業が、時任研究室との産学連携を進めている。また、ヨーロッパを中心に海外の国立研究機関、大学、企業、さらにはimecなどにも連携を呼びかけているという。

 「電子デバイス産業新聞にも今年の1月に2回にわたって大きく取り上げられたが、印刷+ロール・ツー・ロールの技術の確立、立体への回路印刷を120℃で実現、こうした積み上げの向こうにはバイオセンサー、食品センサーなどの画期的な新デバイスの世界が拡がっている。これからが楽しみなのだ」(時任教授)

 時任氏たちが作り上げた超薄型有機TFTアレイは1μmミクロンの基板を可能にしたのだ。さらにCMOSインバーターアレイも積層構造で何と1日でできるという。マスクがいらないからだ。配線や電極は銀ナノ粒子インクを120度以下の低温で熱焼成したものであるが、さらに銅ナノ粒子インクを用いた配線についても、キセノンの光焼成法を用い、1~2秒でいけることがわかった。有機トランジスタの場合、N型トランジスタを印刷で作るにはかなりの困難があったが、TU-3という材料がこれを可能にした。ちなみにこのTは時任教授、Uは共同開発した宇部興産の頭文字を取ったものだ。

 「それにしても、つくづく思うことは印刷という技術は全くといってよいほど学問にはなっていない。本屋に行ってもまずまともな専門書は置いていない。つまりは、すべてノウハウで継承されてきた技術なのだ」(時任教授)

 時任研もまたそのノウハウを確立し、これを強みとしていく。そして数値的な学問の世界に落とし込むことも地道に始めている。IoTにはバイオセンサーだけでなく様々なセンサーが必要となるが、我々が作り上げたデバイスは必ずや多くの貢献を果たしていくだろう」(時任教授)


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
サイト内検索