電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第160回

ソフトバンクがARMを買収したのは必然?


40年、10年、2週間前の出来事が一本の線に

2016/8/19

 7月18日、ソフトバンクグループが半導体設計世界最大手の英ARM(アーム)ホールディングスを買収すると発表した。買収額は243億ポンド(3.3兆円、314億ドル)。ソフトバンクとして過去最大の投資案件となり、日本企業による海外企業の買収としても過去最大規模となる。

 買収が発表されてから今日までの約1カ月、本紙『電子デバイス産業新聞』を含め様々な媒体でこのニュースが取り上げられた。まだ4カ月以上残っているが、2016年における電子デバイス業界の最大のニュースになることはほぼ間違いないだろう。

アームについて語る孫社長
アームについて語る孫社長
 そのなかで多くの人が疑問に思っているのが「なぜ通信事業会社のソフトバンクが半導体設計会社のアームを買収するのか」ということ。その点に関して、ソフトバンクグループの孫社長は「今後形成されるIoT社会において、あらゆるものがネットワークにつながる。その大量のデータを吸い寄せるためにはチップが必要で、その主役を担うのがアームベースの半導体である」と会見などで説明している。

 が、それ以上に今回の買収は、孫社長の歴史にある複数の「点」が一本の「線」となり、起こるべくして起こった買収だとも個人的には感じている。

雑誌の一ページが転換点に

 孫氏の歴史を振り返るうえで、1つ目のポイントとなるのが「40年前」だ。孫氏は当時19歳で、カリフォルニア大学バークレー校の学生として、コンピューターの勉強をしていた。そしてある日、サイエンス雑誌を読んでいた孫氏は、途中のページにあった黒い四角の幾何学模様のような写真に目が留まった。「これは何だろう」と思い、次のページをめくると、それが人差し指の上に乗るほどの小さなチップであるという説明が書かれていた。

 それを見た孫氏は涙を流した。「ついに人類は人の知性を超えるものを自らの手で生み出してしまった」という感動の涙であったという。そこで得た感動がソフトバンクの原点であるとも述べている。つまり、孫氏にとって半導体は遠い世界のものではなく、常に心の中にあったものといえる。そのため今回の買収も「40年前にあこがれたスターにやっと会えたような気分」と述べるほどだ。

 と、ここで、そもそもなぜ孫氏はコンピューターの勉強をしようと思ったのかについても少し触れておきたい。実はこれにはある稀代の実業家が関係している。日本マクドナルドの創設者である藤田田氏だ。
 孫氏が16歳のとき、藤田氏の著書『ユダヤの商法』を読み、大きな感銘を受けた。そして驚くべきことに孫氏は藤田氏に会いたいと、藤田氏の秘書に何度も電話をかけた。当然、いつも断られたわけだが、どうしても諦めきれなかった孫氏は地元の福岡から東京にアポなしで赴き、奇跡的に超多忙な藤田氏から15分の時間をもらうことに成功した。

 その15分のなかで孫氏は米国の大学で学ぼうと思っていることを伝え、何を学ぶべきか藤田氏に尋ねた。それに対し藤田氏は「これからはコンピュータービジネスの時代だ。今、コンピューターはこの部屋くらいの大きさがあるが、これからはもっと小さくなり、もっと必要になる。俺がおまえの年齢だったら、コンピューターをやる」と伝えたという。もしかしたら孫氏が雑誌のマイクロチップを見て涙を流したとき、感動と同時に藤田氏の先を見る力のようなものを改めて感じていたのかもしれない。

アームとの出会いは10年前

 そこから時間は流れ、今回の買収に際し重要なポイントとなる時間軸が「10年前」だ。これはソフトバンクがボーダフォンの日本法人を買収し、携帯電話事業に参入した時期である。そしてこのころ、孫氏はある人物と出会う。アップルのスティーブ・ジョブズ氏だ。

 ソフトバンクがiPhoneの発売当時、独占販売権を獲得して飛躍につなげていったのは周知のとおりだが、このとき孫氏はジョブズ氏からiPhoneで核となるアプリケーションプロセッサーにアームの技術が使用されていることも知った。

 アームはそこからモバイル機器関連のプロセッサーでは圧倒的なシェアを獲得していき、スマートフォン(スマホ)向けでは現在95%以上のシェアを有するまでになった。その間も孫氏はアームを買収できるタイミングをずっと待っていた。そしてIoTという新たな市場が見え始め、16年に入り中国の電子商取引大手であるアリババ、オンラインゲーム会社のガンホー、スマホ向けゲーム大手のスーパーセル社の株式売却により、約2兆円の資金を調達することができた。

 ついに孫氏は行動に出る。トルコのマルマリスという町で休暇中であったアームの会長と社長に連絡をし、レストランでランチをとりながら買収を初めて提案した。これが買収合意を発表した7月18日の2週間前のことだ。

 2週間という短期間でこれほどの巨額買収案件がまとまったことも驚嘆すべきことだが、それと同時に7月18日の2週間前(7月4日前後と推定)というタイミングも非常に重要であった。というのもトルコでは、6月28日にアタチュルク国際空港で爆破テロが発生、そして7月15日にはトルコ軍の一部によるクーデター未遂事件が起きた。

 つまり買収提案はこの2つの出来事の間に行われたもので、かつソフトバンクとアームの関係者がいたマルマリスは、クーデター未遂事件が発生した際にトルコのエルドアン大統領が滞在していた場所でもあった。

もし、藤田氏が孫氏に会う決断をしていなかったら?
もし、大学生の孫氏が、マイクロチップが掲載された雑誌を見ていなかったら?
もし、ソフトバンクがボーダフォンの日本法人を買収しておらず、スティーブ・ジョブズ氏やiPhoneとの関わりもなかったら?
もし、トルコで交渉していたときにテロやクーデターが起こっていたら?
もし、株式の売却による資金がなかったら?

 パナソニックの創設者である松下幸之助氏は「この世に起こることはすべて必然で必要、そしてベストのタイミングで起こる」という言葉を残しているが、今回ソフトバンクがアームを買収したのも「40年」、「10年」、「2週間」といった時間軸が一つの線になった必然の出来事だったのかもしれない。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 浮島哲志

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