電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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電力問題が設計思想を変革する


~IoTで進むAI利活用~

2016/10/21

 8月、米国に30~40社が集まってIoTに関する取り組みを議論するカンファレンスに昨年に続いて参加した。実際のデモなどもあり、日本企業も数社参加していたが、何より驚いたのは、ここ1年で人工知能(AI)をビジネスに活用しようという機運が急激に高まっていたことだ。

 IoTに関しては、欧米企業はすでに実際のビジネスに取り込み、収益に結びつけている。例えば、エアバスは航空機の組立工程にスマートグラスを導入し、数千に及ぶ工具をIoTと関連づけて、工期の15%削減やコストダウンにつなげた。こうした動きは自動車など他の製造業にも波及しつつある。

 農業では、センサーで水や肥料の量はもちろん温度や育成状態まで管理し、収穫時期まで知らせるサービスをトラクターメーカーが提供している。商品にICタグを付けて偽造防止や商品管理に役立てたり、流通をスマート化しようとする取り組みも盛んで、いずれも日本企業よりもIoTの活用が一歩進んでいるという印象を受けた。

 IoTの導入が進んでネットにつながる端末が数百億台に増加し、やがてトリリオンセンサー時代が到来すると、トラフィックの情報量が爆発的に増加することが予想され、これに対応するためフォグコンピューティングやエッジコンピューティングによって分散処理をしなければならないという指摘は以前からあった。だが、今年のカンファレンスでは、ここにディープラーニング(深層学習)をはじめとするAI処理をもっと活用し、さらにはAIチップが不可欠だと誰もが考え始めていることが最も印象深かった。

 ここで重要なのは、AIの活用やAIチップの開発が不可欠とされる背景にあるのは、「処理能力」の問題ではなく、「電力消費」にあるという点だ。

 現在、収拾されたビッグデータの利活用率は10%に過ぎないが、これをクラウドサーバーで処理すると数十kWという膨大な電力が必要になる。トラフィックが今後さらに肥大化すると予想されるなか、電力需要という観点から、AIチップで消費電力を劇的に下げる必要があるのだ。これは現在のノイマン型アーキテクチャーを非ノイマン型に移行しなければならないことを意味している。

 現時点でAIチップの代表格といえば、人間の脳の仕組みを模してIBMが開発したニューロモーフィックチップ「TrueNorth」である。性能は人間の脳にまだ遥かに及ばないが、現行のCPUよりも省電力性能に優れている。グーグルなどITの巨大企業たちも開発を進めているとされ、ARMも同じ方向を見据えているだろう。ソフトバンクによる買収は、こうした開発を支援する意味でも大きかったはずだ。

 こうして見ると、コンピューターシステムの設計思想、なかでも特にプロセッサーの開発の方向性は180度変わった。日本企業は、IoTの活用に限らず、ビッグデータやAIといった市場で欧米企業の後塵を拝している状況だが、勝負付けが済んでしまったとは考えていない。

 日本の半導体業界では昨今、ミネベアとミツミ電機のような「メカと半導体の融合」や「電子部品と半導体の融合」といった再編劇が目立っている。こうした組み合わせは世界的に見ても例がなく、日本独自の発展形といえる。現在ある技術と事業の資産をうまく融合し、ユーザーや異業種と手を組んだ協業スタイルがさらに発展すれば、IoT/AI時代に求められるビジネスモデルが日本企業からも出てくるはずだ。
(本稿は、南川氏へのインタビューをもとに編集長 津村明宏が構成した)



IHS Technology 日本調査部ディレクター 南川明、お問い合わせは(E-Mail : Akira.Minamikawa@ihsmarkit.com)まで。
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