電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第173回

実業家イーロン・マスクの足跡を辿る


インターネット、宇宙、EVに続く次なる手は?

2016/11/18

 米テスラモーターズの動きがここ最近、さらに活発化している。正確にいえば、テスラのCEOであるイーロン・マスク氏が関わる話を従来以上に様々な分野で見聞きするようになっている。そこで本稿では、マスク氏のこれまでの足跡を辿りながら、今後の展開などを予想してみたい。

PayPal売却で巨額のリターンを獲得

 マスク氏は1971年、南アフリカ共和国で生まれ、10歳のときに独学でプログラミングをマスターし、12歳のときには自作のソフトを販売していたという。89年6月にカナダに移住し、トロントのクイーズ大学に入学。その後、米ペンシルバニア大学に編入し学士号を取得する。
 そこからスタンフォード大学大学院に進学するが、たった2日間で退学し、起業家への道を踏み出した。彼の頭の中には「世界を変えたい」という想いが募り、「インターネット」「宇宙」「再生可能エネルギー」という3分野に可能性を感じていたという。

 そして95年、マスク氏が24歳のときにオンラインニュースやマップを配信する「Zip2」を起業したのが実業家イーロン・マスクの始まりだ。その後、28歳のときに、オンライン決済サービスを提供する「X.com」を創業し、この会社は1年後に同業の「Confinity」と合併して「PayPal」となる。

 PayPalは現在、世界中で2億2000万ものアカウントが開設されている世界最大級のオンライン決済サービスで、2002年にオンライン・オークション会社の「eBay」が15億ドルで買収。この買収に際してマスク氏は1億7000万ドルという巨額のリターンを手にした。

宇宙、自動車産業に参入

 マスク氏はここからさらにアクセルを踏み、インターネットとともに可能性を感じた「宇宙」や「再生可能エネルギー」の分野に取り組んでいく。まず02年に再利用可能なロケットの開発などを進める「スペースX」を創業。そして03年に電気自動車(EV)を開発するテスラモーターズを共同創業し、07年からCEOを務めている。ただ、この2社はこれまで何度が倒産の危機に瀕してきた。

スペースXの宇宙船
スペースXの宇宙船
 スペースXについてはロケットの打ち上げで失敗が続き、資金が底を尽きかけていたが、10年12月に宇宙船を地球低軌道から帰還させることに成功。12年5月には同社の宇宙船「ドラゴン」を国際宇宙ステーションと接続させ、地球から物資を輸送することにも成功するなど実績を積み上げ、NASAなどとの契約を勝ち取った。

 テスラについても、08年にリリースしたテスラ初の車種で、スポーツカータイプの「ロードスター」に欠陥が見つかり、複数回のリコールを実施したことから資金難に陥った。このときは、ドイツの自動車大手ダイムラーから約5000万ドルの出資を得たことで難局を乗り切った。

 テスラはセダン型タイプの「モデルS」を発売した12年ごろにも販売対応がスムーズさを欠き、資金難に陥った。その際にマスク氏はグーグル社のCEOであるラリー・ペイジ氏に連絡をとり、グーグルによるテスラ社の買収を提案した。そしてこの話は契約寸前までいったが、モデルSの販売が軌道に乗り始めたことから消滅したと言われている。

 その後、テスラの製品は環境への意識が高い富裕層を中心に販売が増加。レオナルド・ディカプリオをはじめ多くのハリウッドスターがテスラの車種に乗り換え、環境問題への取り組みをPRしたことも追い風となった。

テスラ社のモデル3
テスラ社のモデル3
 15年にはSUV型EVの「モデルX」を発売し、17年末からは大衆車タイプの「モデル3」の市場投入を予定。またここにきて低価格SUVタイプの「モデルY」の開発を進めているという話も出てきている。そのほか、17年に電動トラックやバスを発表する予定で、カーシェアリングなども検討している。

 また先ごろ太陽光発電システム企業のソーラーシティを26億ドルで買収。同社はマスク氏のいとこであるリンドン・ライブ氏らによって06年に設立され、マスク氏も共同創業者として会長を務めている企業だ。
 テスラは蓄電システムの量産準備も進めており、ソーラーシティが太陽光発電システムを設置し、発電した電気を蓄電システムで充電して、テスラの車両に活用するといった将来図を描いている。つまりEVだけでなく、蓄電システムと太陽光システムを組み合わせたエネルギー関連製品の総合的な企業へと進化を遂げようとしている。

次世代交通システムやAIにも関心

 マスク氏は上記以外にも様々なアイデアの提唱や組織の立ち上げなども行っている。その1つとして、13年にはハイパーループ(Hyperloop)という次世代交通システムの構想を発表。真空チューブのなかをリニアモーターカーのような列車が最速800マイル/h(約1300km/h)で走行するシステムで、コンセプトに賛同したベンチャー企業が複数立ち上がり、5月には米ネバダ州において屋外走行テストに成功した事例も出てきている。

 15年12月には、マスク氏をはじめシリコンバレーの著名な起業家・投資家が10億ドルを出資し、人工知能(AI)の推進を目的とする研究組織「OpenAI」を設立。そのなかで注力分野の1つとして家事ロボットの開発を進めている。

 このように非常に多岐にわたる分野でその才覚を発揮し、一部ではアップルの故スティーブ・ジョブズ氏を超える逸材とも評されるマスク氏が今後どういった取り組みを進めていくのか、米国のみならず、世界中が注目している。これは筆者の推測だが、マスク氏は新しい分野の開拓とともに、これまで取り組んできた「インターネット」「宇宙」「再生可能エネルギー」という3分野を融合してくるのではないかと見ている。

 すでにインターネット技術と自動車技術との融合などは進んでいる。マスク氏は宇宙事業において小型衛星を打ち上げ、それをインターネット通信網として活用する構想を示したこともある。さらにそれが進化することで、太陽光発電所を宇宙空間に構築して発電を行う「SSPS(Space Solar Power System)」とテスラのEVを組み合わせるといったこともありえるだろう。

 もし日本でこういった構想を提案すれば「資金的に難しい」や「実現までに10年はかかる」といった意見が多く聞かれそうだが、「10年以内に火星移住を実現する」と発言しているマスク氏であれば、17年にこういった発表があっても全く不思議ではない。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 浮島哲志

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