電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第216回

「日本人の価値観、感性、得意技が活かせる時代になる」


~東京エレクトロンの一大立役者、東哲郎氏が語る言葉は鋭い~

2017/1/13

 2017年という年は、どのような物語を紡ぎ出してくれるのだろう。海の向こうでは爆風トランプが言いたい放題の政策をぶち上げており、景気が良くなるとの予感から雰囲気はよくなっている。我が国においても安倍首相が力強い年頭の辞を述べており、もはや都の牝狼と化した小池知事は、それこそ女性首相を目指す勢いで政治家としての固めに入っている。

 IoTの本格開花といわれる2017年は、その言葉を額面どおりに受け取れば、これまた景気浮揚の一大要因となるだろう。何しろ社会インフラのすべてを技術革新してしまうというのだから、これまでのハード、ソフトを根幹から一新してしまうわけだ。スクラップ&ビルドは無駄のように見えて、実は景気刺激策としては最高レベルなのだ。

 ところで、16年12月22日に東京・お茶の水で開催された「生誕70年を迎えるトランジスタの未来カンファレンス」(主催=産業タイムズ社/セミコンダクタポータル)は実に面白かった。筆者は総合司会を務めさせていただいたが、様々な方と交流できたことも楽しかったのである。何しろニッポン半導体の2大企業である東芝とソニーのトップが登場したのであるから、会場にはいつもと違う緊張感があった。

 ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの上田康弘社長は、「ソニー半導体の歴史と今後の技術展開」というタイトルで、お家芸のCMOSイメージセンサーがIoT時代を作り上げていくことを強調された。東芝の代表執行副社長の成毛康雄氏は、「ビッグデータ時代における東芝の半導体戦略」と題して、東芝のフラッシュメモリーがIoTの本格到来で急成長し、大型設備投資を断行することを表明されたのだ。

 2本のキーノートスピーチの後にパネルディスカッションが開かれ、電子デバイス産業新聞編集長の津村明宏が司会を務め、様々な談話をよく引き出してくれたように思う。とりわけ抜群であったと思われるのは、東京エレクトロンの取締役相談役の任にある東哲郎氏の談話である。

 「今や時代はIoTに向けてのギアチェンジが起きている。半導体の使われ方は新しいステージに突入する。人間の脳にあたるところは、CPUとメモリーがカバーし、センサーにあたるところはCMOS、MEMS、アナログがカバーする。半導体が人間の機能を補佐することになれば、日本人の価値観、感性、得意技が活かせる時代になる」

東京エレクトロンの一大立役者、東哲郎氏は語る
東京エレクトロンの一大立役者、東哲郎氏は語る
 東氏のこの発言は、けだし名言というべきだろう。IoT時代はコンピューティング的には集中制御から自律分散制御へと向かう。フルカスタムが特徴であり、これまでのような十把一絡げの大量生産からユーザーに合わせ込んだカスタマイズが重要になってくる。

 各生産ラインにおけるIoTの構築はその工場にある匠の技、秘伝のタレともいうべき材料、アナログで伝わってきた方法論などを独自のAIに閉じ込め、生産プロセスを革新していくものだ。当然のことながらそのAIシステムはフルカスタムであり、その工場にしか通用しない。次世代の電気自動車(EV)についても、お年寄りばかりの離島に設置するタイプは25km走行、できる限りの自動走行、ヘルスケアに配慮などのカスタムカーになるだろう。ここに使われる部材もソフトもカスタマイズされたものになり、他のEVでは使えないものになる。東氏はこうした時代の到来を暗に示唆したのだ。

 「半導体製造装置もまた、ビッグデータ解析活用のインテリジェントシステムで高効率生産をサポートする。そこでは遠隔診断技術、アドバンストプロセスコントロール、自立型生産システムの開発が必要なのだ。レガシーの6インチラインについてもIoT対応にしていく必要がある」(東氏)

 次世代医療にせよ、次世代コネクテッドカーにせよ、次世代鉄道にせよ、人間の生命に直接かかわるのがIoTであると分析すれば、ここに求められる高信頼性こそが日本の武器になる。言い換えれば、安くて大量に作る世界から高品質、高機能、高信頼性にキーワードが変わっていけば、それこそ我が国の蓄積した技術がモノを言ってくるのだ。

 しかして東氏は、IoT時代にはニッポンに最大の追い風が吹くと指摘したうえで、次のような苦言も呈していたのだ。

 「日本の半導体産業は、IoT時代にあって単なる部品屋に成り下がってほしくない。IoTシステムやソフトウエアにも踏み込んだサービスを提供してほしい。そして何よりも、押してくる欧米勢に妥協せず、従属的な立場にならないことだ」(東氏)

 つまりは、過去の過ちを繰り返すなということだ。今や大全盛のスマホは、日本が一番初めに参入したのに負けていったことを忘れるなとも言う。チャンスは来ているが、死に物狂いで世界一に固執しない限り、またもいつか来た道に戻る。

 この東氏の談話に対して深く大きくうなずく人たちは多かった。そしてまた小さな声で目を爛々とさせながら「そのとおりだ!」とつぶやく人もいたのだ。それほど大きくはなかった東京エレクトロンという会社を世界のビッグステージに押し上げた一大立役者である東哲郎氏の言葉は、これからを創る若い人たちの胸に強く響いたことは間違いないだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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