電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第240回

AI(人工知能)にはもう誰も勝てない日が来ちゃうのかもしれない


~しかして200kWという膨大な電力が必要、これに対し人間の脳はたったの20W~

2017/6/30

 AI(人工知能)に人間はもう勝てないのかもしれない、という事実が明らかになってきている。チェスの世界チャンピオンはAIと対決し、とっくに敗れている。しかして、2015年当時には、さすがのAIも囲碁の世界チャンピオンに勝つには10年はかかるといわれていた。ところが、である。AIはこともなげに圧勝してしまったのだ。当然のことながら、将棋の世界でもAIが世界のトップに立つのは時間の問題だろう。ちなみに、現在29連勝中(6月26日時点)の藤井聡太四段は、何と人工知能同士の対局の棋譜で勉強しているからあんなに強い、という声もあるのだ。

 「7万件の論文を読むには人間なら38年はかかってしまう。IBMのWatsonならたった数日で終わるのだ。そして、ディープラーニングで進化を続け、これまでには考えられないサプライズの性能を発揮し始める」

 こう語るのは日本IBMの最高技術責任者(CTO)工学博士 久世和資氏である。日本半導体製造装置協会(SEAJ)が5月25日に開催した講演会の席上のことであった。ちなみに半導体設備投資が爆発的に伸びていることもあって、SEAJの人たちの顔は一様に明るかった。しかして、IBMのWatsonの進化を報告された時にかなり眉を曇らせていた人が多かったのだ。

 IBMは1911年6月16日、ニューヨーク州に設立され、今年で創業106年目を迎える米国きっての老舗企業である。半導体技術で常にトップを走り、メーンフレームといわれる大型コンピューターの王者となり、パソコンにおいてもIBMはフロントランナーであった。そして今日、IoT革命の本格開花を迎えてAIの世界で圧倒的に先行するのがまたもIBMなのだ。同社のAIにつけられた名前はWatsonであるが、これは1915年に社長となりIBMの発展の基礎を築いたトーマス・J・ワトソン・シニア氏を記念して命名された。

 華やかに登場したかのように見えるWatsonは、商用化までに34年の歳月が費やされている。1980年に自然言語処理、知識表現技術、並列処理、数理科学、最適化などの要素技術研究に入り、これが2005年まで続く。2006年から本格的な研究プロジェクトがスタートし、2011~2013年までを事業検証の期間にあてた。そして2014年に商用化がスタートした。米国の人気クイズ番組で74連勝を飾った歴代最強チャンピオンや賞金3億円を稼いだ賞金王と対戦し、初挑戦で圧勝する。

 「Watsonは膨大な生化学研究文献の分析を通してがん治療の研究を加速している。7万件の論文を一気に読み込み、新たな研究対象となりうる6つのたんぱく質を特定することに成功した。シェフWatsonは、食品の成分組成、文化的な知識、食品組み合わせ理論などを学習し、これまでにない料理を提案し、人々を新たな発見へと導いている。世界の食材の3万種類以上のレシピを学習し立ち上がった」(久世氏)

FA/ロボット大手のFANUCもAI活用を加速
FA/ロボット大手のFANUCもAI活用を加速
 講演後にはSEAJの名だたる方々から多くの質問が出された。特に多かったのは、SEAJだけに、今後のAIの中心となるデバイスにはどのような装置が必要なのか、という質問である。そしてまた、「100年間の計算が1分でできる量子コンピューターの時代に入れば、もう人間は必要なくなるのか」「いつかどこかで観た映画ではコンピューターに人間が支配され翻弄されるが、その恐れはないか」というような内容の質問がかなり寄せられたのだ。これに対しIBMの久世氏は少し苦笑しながらも明確にこう答えたのだ。

 「AIを作り動かしていくのはあくまでも人間なのだ。人間が作り上げるコンテンツなくしてAIには何の価値もない。人間の脳のすばらしさは、クロックが遅いのにコンピューターよりはるかに賢いことだ。また、半導体が苦手な同時並行処理にも優れる。何よりもすごいのは、AIが200kWという膨大な電力を使わなければ動かないのに対し、人間の脳はたったの20Wという微電力で動くのだから、とんでもないことだといえるだろう」

 ところで、IBMの話を聞いていたら、日立の「H」によるAIビジネスの進展についても思い起こした。日立の場合は、名札型のウエアラブルセンサーを人が装着し、AIとやりとりをすることによって様々なサービスを行っている。一般的に、Watsonは知識検索エンジンとして優れており、日立の「H」は知識発見、異常検知、需要予測などに強いといわれる。例えば、ホームセンターの店舗内の高感度スポットに店員が立てば、その店員に向かって人の流れが変わり、売り上げが上がるという例も出ている。商業施設におけるAIの活用もいよいよ本格化するかもしれない。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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