電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第279回

日本の産業革命は鹿児島の工場集積から始まった


~欧米列強の恐ろしさを認識したことから日本は巻き返すという定理~

2018/4/6

 NHK大河ドラマ『西郷どん』が放映されており、明治維新150周年にあたる2018年はまさにメモリアルイヤーとなっている。明治維新なくして日本の近代化はなかったからだ。それを成し遂げた主役は、日本最南端の薩摩つまり鹿児島県であり、そしてまた本州で最西端の長州つまり山口県であったことは特筆に値するだろう。いわば、西の方から吹いてきた強い風が当時の江戸幕府を倒し、一気に開国へと進んでいく。

 ところで筆者は、本紙電子デバイス産業新聞の企画連載のために、たびたび鹿児島県を訪れている。数十社に及ぶ企業取材もこなし、行政のお偉方とも深く交わり、後は三反園知事のご登場を待つばかりとなった。

日本最古の西洋式機械工場は鹿児島にある
日本最古の西洋式機械工場は鹿児島にある
 取材の終わりに訪ねたのが尚古集成館というところである。この建物は現在重要文化財となっており、慶応元(1865)年に竣工した、現存する日本最古の西洋式機械工場なのである。もちろんこれを立ち上げたのは、名君の誉れが高かった島津斉彬である。

 この集成館一帯には、機械工場にとどまらず製鉄所、ガラス工場、繊維工場などが次々と集積し、幕末でありながらすでに日本最大の近代工業が集積するエリアとなっていたことは驚きに値する。もっとも薩摩は身のほども知らずに、当時のNo.1の国であるイギリスに戦いを挑み、城下の10分の1を失うほどの被害を出し深く反省したことから、この工業地域は作られていった。すなわち薩英戦争の反省によって、欧米列強の技術力を改めて思い知ることになったのだ。

 その後、明治に移ってからも「和魂洋才」という精神で大和魂を維持しながらもひたすら西洋に学べという気運が盛り上がり、あっという間に日本は工業大国への道を突き進んでいく。

 さて、世界の海戦史上ミラクルといわれているのが日本海海戦である。旗艦の戦艦三笠がボコボコにされながらも丁字作戦をとった日本の連合艦隊は、当時世界最強といわれたロシアのバルチック艦隊を見事に打ち破った。それもあり得ないことに日本の連合艦隊は一隻も沈まず、バルチック艦隊は全滅という大勝ぶりであったのだ。

 この時、連合艦隊司令長官であった東郷平八郎は、「小栗忠順さんが命を懸けて横須賀製鉄所を作ってくれたおかげである。感謝したい」とのコメントを残している。この小栗氏とは江戸幕府末期にあって勘定奉行など重職を歴任し、日本の近代化のためには製鉄所は必要との考えから、それこそ一身を投げ打ってその建設に注力した人だ。もっとも彼は後に幕府総裁となる勝海舟とすごく仲が悪かったので、最終的には首をはねられ落命するという悲運な生涯ではあった。

 鹿児島の様々な近代遺産を見ているうちに、この情景は今とそんなに変わらないとの思いが生じてきた。つまるところ日本という国は先進国の技術力に叩きのめされ、そこから這い上がってきたという歴史がある。筆者が生涯を通じて追いかけている「半導体」という技術においても、トランジスタの生みの親である米国に対し日本は当初全く歯が立たなかった。しかして、ソニーがトランジスタラジオを作り、シャープが電卓を作るあたりから巻き返しが始まり、80年代後半には宿敵アメリカを破り世界トップシェアにのし上がった。

 今や日本のお家芸となっている自動車にも同じことが起きている。草創期にあってトヨタや日産の作る車は、全くといってよいほど欧米の車には勝てなかった。技術レベルが断然に違ったのである。ここでもまた叩きのめされた人たちが歯を食いしばって、必ずや追いついてみせる、いや追い抜いてみせるという気概を持って自動車作りに邁進する。

 日本を代表する自動車メーカー、トヨタは台数ベースで世界トップ水準を行くばかりではなく、17年の利益水準としてはぶっちぎりの2.4兆円を上げ、フォルクスワーゲン、BMWに大差をつけている。こうしたことを考え合わせた時に、「AIやスパコンではもう中国には勝てない」「EVや自動走行ではアメリカに勝てない」「メモリーなどの半導体分野ではもう韓国には勝てない」という発言が年がら年中新聞紙上をにぎわせているが、筆者は実のところそれでいいのだと思っている。

 突き放され、叩きのめされ、そこから這い上がっていくスピリッツこそが日本人の宝物だと思っているからだ。幕末のころ、薩摩がイギリスに圧倒的な技術力の差を見せつけられてから奇跡的ともいわれる日本の産業革命が始まったことを考えれば、今の日本は負けることに耐えて耐えて耐え抜いて、次のIoT時代を狙っての開発に心血を注ぐべきではないのかと思えてならない。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報 社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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