電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第47回

神様、仏様、ウエハメーカー&経産省様


SiC/GaNパワー量産のために一肌脱いで! 補助金もあり?

2014/5/30

 本紙・紙媒体は週刊である。毎週、編集部員が当番制で最終校正を行う。全記事を1人で査読するのである。先週は筆者が担当した。折しも、企業各社の決算時期と重なって、紙面は増収増益のオンパレード。好調の要因は、これも判で押したように、2つのアプリケーション分野が乱舞する。

 1つは中国ローエンドスマホで、もう1つは車載分野である。前者はいつバブルが弾けてドボン到来となるのか、担当役員の慎重でどこか気弱なコメントが続く。一方、後者の車載用途は鼻息が荒い。エンジン制御やモーター制御の駆動制御のみならず、ITS(高度道路交通システム)絡みの高速データ通信分野も狙っていくという。

 これは売れるとなると、日系メーカーこぞって各社横並びの事業戦略。これまで散々批判されてきた経営戦略だが、三つ子の魂百まで、おいそれと変えることはできない。それが日本人気質なら仕方ない。やるとなったらみんなで、徹底的に自動車産業を攻め、日系電子デバイス産業界の牙城にしてしまおう。その昔、汎用コンピューター搭載のDRAMで世界市場を席巻したように。攻撃目標が定まった時の日系メーカーほど恐いものはない。だって、カイリョウとカイゼンを地道に推進する、安心と安全・誠実のお国柄だもん。

 自動車産業を焦点の1つに定めたならば、やはりSiC/GaNパワーデバイスの本格量産体制を構築させたい。現状、パワーは圧倒的にSiが牛耳っている。そのSiが支配するパワーの世界で、新参者SiC/GaNの本格量産を立ち上げるとは、どう解釈すればよいのか。
 まずは10%の市場占有率から狙おうではないか。金額換算なら、パワー市場が総額1兆5000億円規模。このうち1500億円~2000億円を当面の目標として掲げ、SiC/GaNで食べ始めましょう。
 フルSiCパワーモジュールでの量産宣言で先頭を走るロームをはじめ、三菱電機も遅れじと続く。2015年後半ないしは翌16年早期には本格量産に突入するという。日系パワーメーカー全社横並びで、早急にロームや三菱に追随する時期が来た。

最大のネックは結晶成長の量産性

 ワイドギャップ半導体(SiC/GaN)パワーデバイスの有効性は極めて高い。例えばSiC。IGBTはSiのままで、ダイオードのみSiCを採用したハイブリッド型でも、1700V/1200A級(電鉄用インバーター)で、Siのみのパワーと比較して、39%近くまで電力消費のロスを低減する。

 これをフルSiCにすると、効果はさらに絶大だ。某自動車メーカーが実施したモード走行での損失シミュレーションによると、Si-IGBTシステムと比較して、SiC-MOSFETシステムは実に50%もロスを低減した。ワイドギャップパワーの実用化に対し、世界の自動車メーカーおよび電装メーカーの垂涎が納得できる。

 納得できるのに、実搭載が進まないのは、コストの障壁があるからだ。システム側が新規デバイスの採用に踏み切る判断基準は、1にコスト、2に信頼性、3、4がなくて、5で初めて性能がくる。SiC/GaNパワーの採用が進まないのは、山のように語られるチップ・モジュール・実装の信頼性以前に、コストの問題が立ちはだかっている。
 コスト削減にブレーキを掛けているのが、単結晶成長の貧弱さである。SiCが本来持つ材料の性質上、マグロの巨体を彷彿させるSi300mm単結晶のようなインゴットが成長できないからである。

Siは500枚、SiCはたったの75枚

 SiC単結晶がどれほど貧弱なインゴットか。インフィニオンが推進するFZ(フローティング・ゾーン)法による300mm結晶と比較するのはあまりにも酷なので、Si側はFZ法200mm(8インチ)インゴットとする。一方のSiCは100mm(4インチ)が主流だが、ハンディとして半導体ファブの既存ラインが使える150mm(6インチ)とする。

 200mmインゴットの長さが約1.4mで、ショルダー(インゴットの肩の部分)とテール(同下の方の部分)を除去して、直胴部(ウエハーとして使用する部分)の長さは全体の約2/3、1.0m程度。スライシングするウエハー厚さは1mmで、切り代も含めると、2mm厚でスライスしていく。1本の200mmインゴットから、500枚のFZウエハーが取得できる。

 さて、今度はSiC。SiC単結晶は昇華法で成長させるため、そのインゴット長は何と口径程度で、約150mmほど。つまり15cmにも満たないのである。これはもはやインゴットというより、ただの塊である。ウエハー厚2mmでスライスしていくと、結晶すべてを使ったと仮定しても75枚が精一杯。量産効果など論外の枚数しか取得できない。

 このことを重々承知のうえで、なぜウエハーメーカー各社はコスト削減のための努力を重ねなかったのか。住友金属が提案した溶液成長(液体SiにCを溶かして育成)、あるいは別のアプローチが各社から続いていれば、そのどこかから解が見出せたかもしれない。残念である。今からでも遅くはないので、ぜひ一肌脱いでいただけるとありがたい。

 Si集積回路(IC)はCZ(チョクラルスキー)法で単結晶を成長させる。パワー半導体用はFZ法で成長させた単結晶を使用する。これはドーパントの均一性がその理由がある。ここでの注目は、CZ法もFZ法も、ともにSiシリコンを液状に融かした融液から単結晶を成長させる点だ。
 これに対し、SiCは加熱で液状にすることができないため、SiCの固体を加熱していったん気体にし、今度はその気体を冷やすことで、再度、気体から固体に戻す昇華法で結晶を成長させる。

 氷を思い出してほしい。氷は固体である。氷を加熱すると水(液体)になる。さらに過熱すると水蒸気(気体、ガス)になる。この手順を踏んで単結晶成長を行うのがCZ法であり、FZ法である。種結晶を起点に結晶は横への広がりも見せ、丸々と太ったインゴットに成長する。
 今度は二酸化炭素を思い出してほしい。固体の二酸化炭素はドライアイスである。ドライアイスを液体化することは難しく、液状への変化を飛ばして、一気に気体になってしまう。再度、固体に戻すには、ガス状の二酸化炭素を冷却し、ドライアイスにするしか方法がない。これが昇華法で、固体から気体、気体から固体に戻す作業の連続で、横への広がりもなく、結晶の成長力は弱い。

 その昔、半導体製造で使用していた蒸着法とよく似ている。半導体製造は数ミクロン厚の薄膜を形成するだけだが、単結晶成長はメートル単位の成長を要求する。昇華法でその規模の成長を望むのは、お話にならないぐらい無理なことである。当然のことながら、種結晶は最初から必要な口径を用意する。4インチのSiC単結晶がほしいのであれば、4インチサイズの種結晶を用意する。6インチなら、6インチサイズの種結晶が必要になる。この種結晶全面に、えっちらおっちらと成膜の連続で、単結晶を成長させていくのが昇華法である。
 SiCもCZ法やFZ法のように、液状にして成長させれば立派な単結晶が得られるが、それを実行するには35気圧で3400℃の高温が必要になる。そんな結晶成長装置は世界中、どこを探しても存在しない。

負の連鎖から正の連鎖へ、補助金もあり?

 いやいや問題は単結晶成長だけではない。課題は山積だ。SiCはうんぬんかんぬん……、GaNはああだこうだ……、結晶欠陥に至ってはともにどうたらこうたら……。
 もうそんな話は聞き飽きた。とっとと本格量産に向けての準備を始めよう。課題がいつまで経っても前進しないのは、SiC/GaNを取り巻く装置・材料・部材産業、周辺電子部品産業界などが本気になって動いていないからである。これは正しい判断。お金の動いていない世界、実マーケットが確立していない世界に、どこの企業がリソースも含め投資をするだろうか。

 SiC/GaNパワーデバイスは、研究開発から本格量産への最後の一線が越えられずに、足踏みしているように見える。機は熟しているのに、足踏みを続けているから、課題だけが負の連鎖を引き起こし、それがまた足踏みの継続を強いているようだ。

 SiC/GaNパワーに関し、公的な資金があるかどうか分からない。もしあるならば、画期的な単結晶成長法が生み出されるまでの間、ウエハー購入の際、経済産業省が補助金制度などを設けてもらえるとありがたいな。どんなかたちでもいい、お金を動かすこと。商品デバイスを流通させ、実マーケットの存在を具体的に見せることが一番大事である。

 お金が動けば、周辺産業界も動く。周辺産業界が動けば、山積する課題は負の連鎖から、正の連鎖へと表情を変える。
 正の連鎖とは、開発課題が増収増益のための付加価値になるということ。そこに企業間競争が生まれ、SiC/GaNパワーは実用レベルで逞しく成長する。半導体で見せた日本電子デバイス産業界の底力を、SiC/GaNパワーでも実感したいと願う。

謝辞
 本稿は、技術課題に関し、本紙主催で開催した「本当はどうなの? SiC/GaNパワーデバイスの本格量産」を参考にしました。講演担当の山本秀和氏(千葉工業大学 工学部 電気電子情報工学科 教授)に感謝します。

半導体産業新聞 編集部 記者 松下晋司

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