電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第62回

マイクロディスプレー、大競争時代に突入


スマートグラス登場で需要拡大

2014/9/12

 IoT(Internet of Things)時代を彩る新商品として、最も大きな期待を集め、かつ最も華やかなのがメガネ型端末、いわゆるスマートグラスだ。米Googleが「Google Glass」の開発を明らかにし、これに追随して世界中の企業が開発を活発化するようになった。ほんの数年前まで「こんなゴツい端末、誰がかけるのか」と思わせるような代物ばかりだったが、近年はデザインが洗練され、ウエアラブルという言葉が世に出て小型化・高機能化が進み、次世代セット機器の期待の星にのし上がった。人気漫画「ドラゴンボール」に登場するスカウターが、技術的に手が届くところまで来ているのである。

 調査会社の矢野経済研究所は、スマートグラスの世界市場は2015年に700万台、16年には1000万台に拡大すると予測している。また、調査会社IHSは、Google Glassは数年に一度のプロダクトイノベーションになる可能性があると述べている。米国などではスマートグラスの使用に関して「プライバシーの侵害につながるのでは」といった慎重論がいまだ根強いのは事実だが、一方で、B2B市場で積極的に活用しようという動きも日増しに強くなっている。

 例えば、ホテルマンがスマートグラスをかけ、宿泊客のデータベースと連動させれば、この人はリピート客なのか、初めて宿泊する客なのかを判断でき、サービス向上につなげることができる。客にかける最初の一言が変わってくるだろう。また、警察官や警備員が同様に使えば、顔を認識するだけで犯罪者を見つけ出すことができる。災害時の避難誘導に使えないかという実証実験も行われた。どのような機器にも言えることだが、要は使い方。2020年の東京オリンピックで大会に携わるすべての人がスマートグラスをかけている姿を想像すると、何となくワクワクしてしまうのだ。

 そのスマートグラスに関して、キーデバイスの1つであるマイクロディスプレーの参入各社の取り組みと現状を紹介する。

実用化でLCOSがリード

 図のように、基材とデバイスの種類でマイクロディスプレーを分けてみた。図のうち、クアルコムとシャープが共同開発しているガラスベースのMEMSディスプレーだけはまだ量産ベースに乗っていない。LCOSとはLiquid Crystal on Siliconの略で、半導体と同様に、シリコン基板上に駆動回路を形成する。HTPSとは高温ポリシリコンTFTのことであり、石英ウエハー上に駆動回路が形成される。TIのMEMSはDMD(Digital Micromirror Device)と呼ばれ、デジタルシネマに多用されている。


 マイクロディスプレーは現在、デジタルカメラの電子ビューファインダー(EVF)や液晶プロジェクターに使用されている。かつてはリアプロジェクションTVという用途があったが、液晶TVに押されて市場からほぼ姿を消した。その後は、モバイル機器のピコプロジェクター用に需要が拡大すると目されつつも、現在まで目立った市場を獲得できずじまい。ピコプロジェクターは今も引き続き有望な市場の1つだが、スマートグラスは待ちに待った大市場を形成する可能性がある。ちなみに、自動車に搭載されるヘッドアップディスプレーも注目市場の1つと見られている。

 現状でスマートグラス向けはLCOSが一歩抜き出た感がある。Googleは13年7月、台湾ハイマックスに出資し、Google GlassにLCOSを採用する考えを明確にした。コーピンはディスプレー事業に特化し、ウエストユニティス(株)(大阪市)が4月に発表したヘッドマウントディスプレー(HMD)型のウエアラブル機器「inforod(インフォロッド)」に採用されるなど、実績を上げ始めている。

量産ゴーサイン待ちのハイマックス

 ハイマックスは、子会社のハイマックスディスプレーでLCOSを事業化している。白色LEDを光源に用いるカラーフィルター(CF)搭載型と、RGBのLEDを用いるカラーシーケンシャル型を商品化。すでにピコプロジェクター用に採用実績があり、これまでに累計200万個以上を出荷した。Googleからの出資を受け、ハイマックス自体はファブレスであるものの、LCOSに関しては、親会社のハイマックステクノロジーズにLCOS用CF、ハイマックスディスプレーにLCOSモジュールの生産設備を保有するなど、自社で設備投資をして生産体制を整えつつある。

 ジョーダン・ウーCEOによると、同社は現在、月間30万個のLCOS生産能力を備えており、顧客から量産のゴーサインが出れば200万個まで増やせる体制を構築済み。14年の設備投資額は例年に比べて多い2200万~3000万ドルを予定しているが、LCOS増産用に1000万~1200万ドルを充てる準備があるという。ただし、顧客の製品情報に関わるとして、LCOSの本格的な量産時期についてはコメントを避けている。

 6月に米サンディエゴで開催されたディスプレーの国際学会「SID Display Week 2014」では新型LCOS「Front-Lit LCOS」を発表した。Front-Lit LCOSは、輝度1万ニット、効率として50ニット/mWを達成。そのモジュールにはLED照明システムと偏光ビームスプリッターを統合しており、光学エンジン全体の小型化につなげた。最近では、厚みが3.2mm以下、輝度は2万ニットまで向上し、マイクロOLEDより25倍明るいと宣伝している。8月と9月には、イスラエルのLumusおよびフランスのOptinvestと次世代スマートグラスの開発で協業すると相次いで発表した。また、中国Lenovoのウエアラブル機器向けにもLCOSを供給する契約を結んでいる。

 ハイマックスは、LCOSと同時に、CMOSイメージセンサーおよびこの光学系となるWLO(Wafer Lens Optics)の事業化にも力を入れている。スマートグラス向けにLCOS、イメージセンサー、小型光学システムなどを一貫して品揃えし、将来期待される需要にワンストップで応える戦略を採りつつある。

コーピンはリファレンスまで一貫開発

 コーピンはかつて、マイクロディスプレー事業とIII-V族の化合物半導体エピウエハー事業を手がける企業だったが、12年末に売り上げの半分を占めていた後者を売却し、マイクロディスプレーに全力を注ぐかたちへ事業形態を大きくシフトした。LCOSの製造に関しては、まず台湾UMCにシリコンウエハー上へのパターニング工程を委託。IC回路の形成が終わったウエハーをマサチューセッツ州ウエストボローにある自社工場へ戻し、独自技術でガラス上へパターンを転写する。ウエストボロー工場では、ガラスの貼り合わせ~液晶注入~最終組立までを手がけるというステップを踏む。

 ハイマックスと異なるのは、単に主要デバイス&コンポーネントを供給するだけでなく、音声認識などの周辺技術を含むリファレンスデザインまでを一貫して自社開発し、スマートグラスを開発・商品化したい企業へライセンスしようとしている点だ。このため、ウエアラブルコンピューティングに必要な6つのコアコンピタンス「ソフトウエア」「音声強調」「ディスプレー技術」「低電力回路」「光学技術」「人間工学」に関して1993年から特許を取得し始め、すでに250件以上を保有。これをもとにプラットフォーム「Golden-i」を開発し、これを用いたヘッドセット機器がすでにいくつか商品化された。

 2月には、スマートグラスに対応したディスプレーモジュール「Pupil」を発表。自社のLCOSとオリンパスの小型光学モジュールを組み合わせたもので、シースルー型であるため視界を遮ることがない。7月には0.26インチのnHDディスプレーを新たに発表。14年下期から主要コンポーネントの量産に着手し、年内に顧客へ提供し始める予定という。現在のLCOSの主要供給先は軍事用のHMDだが、リファレンスデザインの完成によって、民生分野に積極的に参入していく構えだ。

装置の稼働高めるイメージン

 イメージン(eMagin)は、コーピンと同様、現在の主力顧客は軍事用だ。12年9月にニューヨーク州ホープウェルジャンクション工場へ導入したOLED用成膜装置の稼働率がなかなか上がらず、加えて13年末にはボンディング工程に不良が発生したため、顧客3社に対して一時的に出荷を停止する措置を取らざるを得なくなるなど、拡大戦略がなかなか描けなかった。

 そうした間にもEVF市場への参入を発表するなど、民生用への参入意欲は旺盛。3社への出荷再開にめどが立った直近では、開発してきた直接パターニング技術の開発にめどをつけ、新装置をインストールして、9.6μmピッチのWUXGA高輝度フルカラーパネルの開発に成功している。7~9月期中に特定顧客へサンプル出荷を始める予定だ。

 これまでのところ、民生用スマートグラスに対するパネル供給に関しては具体的な成果やコメントはないが、コーピンが軍事用から民生分野を視野に入れているように、イメージンも直接パターニング技術によってコストダウンを実現しつつ、OLEDの特徴を生かせる用途を狙ってくると考えられる。

日本メーカーも事業を強化

 では、日本メーカーはどうか。
 LCOS、HTPS、OLEDと最も多くのソリューションを持つソニーは、大まかに分けると、LCOS「SXRD」をデジタルシネマ用およびホームシアター用のビデオプロジェクター、HTPS「BrightEra」をビジネス用プロジェクター、OLEDをEVFとHMD用に活用している。先ごろOLEDの統合新会社「JOLED」の設立が発表されたが、ソニーが手がけてきた小型OLEDはソニーに残ることが決まっている。没入型のパーソナル3Dビューワー「HMZ-T3/T3W」にはOLEDを搭載しており、医療用HMDも商品化済みだ。当然のことながらシースルータイプのスマートグラスも開発中とみられ、これにはHTPSを搭載するのではないかといわれている。

 セイコーエプソンは、シースルータイプのスマートグラス「MOVERIO」を発売しており、6月に前機種から3分の1となる88gに軽量化した新機種を投入した。ディスプレーにはHTPSを採用している。ウエアラブル分野に関しては、現状ではソニーより事業拡大に意欲的で、16年度から開始する予定の次期中期計画の期間中にウエアラブル事業を100億円以上に育成する方針を表明している。代表取締役社長の碓井稔氏は「Eye Wear型のウエアラブルデバイスの最終的な形はメガネだと思っている。今後10年間でその形を実現できる」と述べ、ビジュアルコミュニケーション分野の主力商品に位置づけている。

 シチズンファインテックミヨタはEVFのトップメーカーとして知られる。12年に米マイクロンテクノロジーからLCOS事業を買収し、強誘電性液晶「FLCOS」をさらに強化した。HMD市場の拡大に備え、先ごろ独L Foundryと長期的な戦略関係を結んだと発表した。つまるところ、FLCOSの新たな生産委託先としてL Foundryと契約したのだ。直近では、米Technical Illusionsが発表したスマートグラス「CastAR」にFLCOSが採用されたほか、14年秋~冬に新たな搭載製品が発表される予定があるという。開発ロードマップも明らかにしており、没入型HMDには0.38インチ720P、0.4インチQVGA、0.5インチUXGAを、メガネ型などには0.24インチQHDや720Pを提案していく考えだ。

 こうして見ると、欧米メーカーはまるでクアルコムのQRD(クアルコムリファレンスデザイン)のようにリファレンスまで一貫して提供しようとし、台湾メーカーはあくまで部品ビジネスに特化し、日本メーカーは自社デバイスを駆使して垂直統合型にあるというのが、エレクトロニクス業界の縮図になっているようで面白い。部品ビジネスは、ソニーのイメージセンサーや東芝のNANDフラッシュがそうであるように、やはり外部顧客に鍛えられてこそ競争力が高まる。シチズンには大いに期待したいし、日本からもっとスマートグラスの開発ベンチャーが登場してほしい。電池寿命を担保しつつ、省エネ技術によって肌に触れる部分の発熱を極力抑えるといったようなスマートグラス向けの要素技術には、きっと日本メーカーの知見が必要になる。

半導体産業新聞 編集長 津村明宏

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