電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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自動運転にはEVが有利


~アップルはテスラを買収するか~

2015/4/24

 いきなり突拍子もない見出しで恐縮だが、そろそろこんなニュースが世間を騒がせるのではないか、などと予想しているのは筆者だけだろうか。

 相変わらず注目度の高いテスラモーターズだが、2014年度の売上実績は32億ドル、最終損益は3億ドルの赤字であった。同社は上場した10年以降、一度も黒字を出したことがないが、株価は13年ごろから上がり続けており、時価総額は250億ドル(約3兆円)に達している。

 これまでの電気自動車(EV)関連産業は、シェールガスが注目されると下火になり、原油価格が下がるとさらに下火になって、毎年のように見通しを下方修正されている業界である。EVの出荷台数が伸び悩み、多くのベンチャー企業が経営破綻に追い込まれるなど、テスラ社の事業環境は決して順風ではない。それでも株式市場は、年間売上32億ドルの赤字会社にこれだけの時価総額をつけているのである。

 逆風の中にあって同社は、最新の四半期決算で前年比55%の売上増を記録したり、新モデル車の予約に生産が追いつかないなど、注目されるだけの実績を残している。先行投資がかさむ関係で赤字決算を余儀なくされているが、株式市場はこの会社の成長性をより高く評価しているわけだ。

 自社の成長だけでは市場の形成に不十分と考えたのか、同社は14年6月に自社が保有するEV関連の全特許の無償公開に踏み切った。長い歴史を持つガソリン車市場に対抗するには、EVメーカー同士の垣根を取り払ってオープンソース化することでコストを下げ、普及を促進する必要がある、という判断だろう。

 以前にこのコーナーで筆者は「コストが下がらなければEVは普及しない。そしてコストを下げるためには何らかの汎用化やオープン化が進むことが必要条件の1つだ」と述べたが、テスラはまさにそれを実践しようとしているように見える。

 もちろん、これは普及の必要条件に過ぎず、巨大なガソリン車市場へのインパクトは無視できるほど小さい。14年の世界自動車出荷台数8500万台のうち、EVの出荷は24万台にとどまっていて、1%にも遠く満たない比率である。今後EVの単価が下がり、各国がエコカーを推進する政策を強化したとしても、EVが自動車の主流を占める時代を想像するのは時期尚早だ、という意見ももっともに聞こえる。

 しかし、現時点で自動車業界に起きている技術革新の流れを見ていると、EVの普及はそんなに遠い未来の話ではないように感じられるのだ。

 まず1つ目は、ADAS(Advanced Driving Assistant System=先進運転支援システム)の進化。他の車両などに追突しそうになる直前に自動ブレーキを作動させて停止させる、前を走る車両と一定の間隔を保ったまま追従する、車線からはみ出さないようにステアリングを制御する、といった機能が先を争って開発されており、急速に普及しつつある。

 目的は「事故を起こさない車」を作ることだが、最終的な目的は「自動運転」である。グーグルが公道を自動運転で無事故走行し続けている実証実験は有名な話だ。完全に実用化されるまでにはまだ多くの課題が存在するが、興味深いのは同社の実証実験がすべてEVを使用して行われていることである。

 動力がエンジンなのか電気モーターなのかは、自動運転にはどうでも良いような気がするが、エンジンは操作と反応にタイムラグが発生するため、反応が良く制御しやすい電気モーターの方がはるかに適している。

 ADASの機能はガソリン車にもすでに搭載され始めているが、最終目的である自動運転が現実になれば、ガソリン車よりもEVのメリットの方が大いに強調されることになる。

 そして2つ目は、IT企業の自動車業界参入。グーグルだけでなく、アップルも自動車業界への参入を明言している。同社の「Car Play」はiPhoneとダッシュボードを接続することによって、ドライバーが運転に専念しながらiPhoneの機能を実現するためのシステムで、10社近い自動車メーカーがこれを採用している。グーグルも「Android Auto」を発表し、Android OSを採用したスマホを車載情報システムに接続する仕組みを提供する戦略を持っているし、マイクロソフトも「Windows Automotive」でこれらに対抗しようとするなど、IT企業の大手各社が車載インフォテインメント市場でしのぎを削り合おうとしている。

 自動車メーカー各社も独自のインフォテインメントシステムを開発し、差別化を図ろうとしているが、すでに様々なアプリケーションでサービスを提供しているIT企業各社と競合しようとは考えておらず、特にスマートフォン(スマホ)で自由に使えるアプリケーションやサービスをどうやって取り込むか、つまりアップルやグーグルとどうやって連携するか、という動きが主流になっている。

 スマホの王者であるアップル、スマホ・インフラの王者であるグーグルにしてみれば、これから本格参入しようとしている自動車業界で大手各社が連携を求めて歩み寄ってくるわけだから、様々な選択肢を立案することが可能となるだろう。大手各社との連携をインフォテインメント市場だけに限定するのか、それとも車体全体を制御することまで視野に入れるのか、これだけでも今後の展開は大きく変わってくる。グーグルは自動運転の実証実験を繰り返しているし、アップルも自動運転の開発を始めたことを考えると、両社の狙いは明らかに後者だろう。

 先に述べたように、自動運転にはガソリン車よりもEVの方がはるかに適しているので、両社が視野に入れている車体は間違いなくEVと考えられる。特にこれまでハードウエアを提供する商売を続けてきたアップルが自動車業界に参入する以上、自社でEVを手がける可能性は決して低くない、などと筆者は考える。

 実は、アップルがテスラを買収するかもしれないという噂は1年前から聞かれていたが、最近のアップルの自動車業界での動きを見る限り、噂の現実味が急速に増しているように感じられて仕方がない。テスラにしても、自身に大きな開発投資や設備投資が必要なだけでなく、EV普及のためのインフラ整備を働きかけるために、アップルのような企業のサポートが必須になるはずだ。

 筆者はどちらの株も保有していないが、そんなことが起こった時に株式市場はどんな反応を見せるのか、という点にも強い興味を覚えている。




IHS Technology 主席アナリスト 大山聡、
お問い合わせは(E-Mail : forum@ihs.com)まで。
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