電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第127回

iPhoneと有機EL


FPD業界のサプライチェーンが変わる

2015/12/25

 アップルがiPhoneに有機ELを搭載するという報道が過熱している。搭載は「2017~19年モデルのどこかで」と見られており、特にモデル名が「7」から「8」に切り替わるであろう18年がそれに当たる可能性が高いし、実際に筆者もその可能性があると考えている。まだ2~3年先の話ではあるが、16年からパネルメーカーの投資計画が具体化してくることも考えられる。15年の年末にあたって、現状の見通しを整理してみた。

背景にIC開発の難航あり

 有機EL搭載の背景の1つに、IC開発の難しさがあると伝わっている。「アップルが自社開発を進めているタッチコントローラーICと液晶ドライバーICのワンチップ化がうまくいかず、液晶での性能向上が難しくなってきた」というものだ。

 周知のとおり、アップルはiPhoneをモデルチェンジするたびに、パネルに限らず新技術を貪欲に取り入れ、これを買い替え促進や新規ユーザー獲得の原動力にしてきた。現行の5.5インチモデル「6s plus」には1080×1920画素のインセル方式LTPSパネルが採用されており、17年秋に発売されるであろう「7」世代にはLTPS 4Kパネルが搭載されるのではないかという予想は誰にでも付く。

 パネルの搭載・非搭載の話にICが関わるというのは、いささか話題が異なるような気がするが、かつてiPadのレティーナディスプレーにサムスン製の液晶が採用された理由の1つとして「パネルとドライバーICのマッチングが他社より高かったため」という話を耳にしたことがある。仮にパネルをLTPSから有機ELに変えたところで、現状のインセルタッチLTPSより確かな性能が有機ELでは確実に出せる、という保証はまだないと思うが、パネルよりも開発~量産にいたる期間が長いICがネックとなっているため今回の報道が出たと解釈すれば、報じられるタイミングとしては決して遅くはなかったのかもしれない。

サムスンはICとの合わせ込みに強み

 ディスプレーとICの両方を提供できるという点で、サムスンはLGディスプレー(LGD)やジャパンディスプレイ(JDI)といった競合サプライヤーよりも有利な立場に立っている。しかも、世界で唯一、RGB塗り分け方式で精細度400ppiを実現している。アップルが求めるのは、サムスンのペンタイル方式ではなく、純粋なRGBストライプによる高精細化だろうが、WOLED+カラーフィルター方式のLGDより技術的に優位な立場にあることは間違いない。有機ELをただ1社で立ち上げてきた経験のなかで培ったノウハウは、競合サプライヤーの追随を容易には許さないだろう。
 だが、サムスンはアップルとスマートフォン(スマホ)市場でしのぎを削るライバルであり、訴訟を繰り広げている敵でもある。サムスンはすでに、アップルに有機ELのサンプルパネルを提供済みだと伝わっているが、パネルとICのマッチングがいかにすばらしくても、RGB塗り分け技術で他社を圧倒していても、アップルからメーンサプライヤーの地位を与えられるのは難しいように思う。

 ちなみに、サムスンは有機EL製造ライン「A1」の償却が終わり、15年春に稼働したばかりの「A3」が本格的に立ち上がったことで、スマホ用有機ELの外販を積極化し始めている。15年7~9月期のディスプレイパネル事業売上高7.49兆ウォンのうち、有機ELは5割弱を占めて液晶に肉薄した。「16年には有機EL売上高の30%強が外部顧客向けになる」と述べている。

LGDは液晶投資と両にらみ

 搭載説を最も後押ししているのが、メーンサプライヤーであるLGDの積極果敢な有機EL量産計画だ。LGDは15年8月、亀尾工場に有機ELの6G新ライン「E5」を建設すると発表した。17年上期から月産7500枚で量産を開始する予定だ。さらに、同年11月には坡州にも新工場「P10」を建設して18年上期から稼働させると発表。「2~3年内に到来する爆発的な有機EL需要に対応するためP10の建設を決めた」と述べ、長期的にはP10に10兆ウォン強を投じる計画を明らかにした。

 LGDはこれまで、液晶工場には「P」、有機ELラインには「E」の名称を冠してきた。ちなみに、「E3」「E4」は8.5Gガラスを用いたテレビ用大型有機ELパネルの製造ラインである。これを元に考えると、11月に発表したP10は、長く噂されてきた10G以上の超大型マザーガラスを用いた液晶新工場と捉えるのが妥当。このP10に韓国国内の既存工場から液晶パネルの生産を徐々に集約し、空いた既存の6Gや8G工場を有機ELに順次転換していくのだと考える。発表によると、P10は高さ100mに達するような巨大建屋になると言うから、10G以上の液晶新工場を設置したあと、残りのスペースに(仮称)E6などの有機EL新ラインを整備することも、もちろん考えられる。

JDIは経営統合解決が先

 もう一方の主要サプライヤーであるJDIは、アップルから有機ELの供給を19年から18年へ前倒しするよう求められていると伝わっている。当初の量産ターゲットは19年だったが、JDIはアップルの要請に応じる構えで、今後は既存ラインの有機ELへの転換や、建設中の白山6G新工場の一部を有機EL専用へシフトする可能性が浮上している。

 こうした対応も重要だが、それよりもむしろ大事なのが、巷間報道されているシャープ液晶事業との経営統合がどのようなかたちで決着するかだろう。「統合が実現すれば、マザーガラスの小さい工場から順に集約が進む」(製造装置メーカー幹部)と見る向きが強く、こうした工場を有機EL用に転換することも検討課題になる。

アップルは台湾で技術検証か

 JDIとシャープの統合には、プラスになりそうな側面も存在する。それは、アップルが有機ELのバックプレーン(背面駆動基板)に採用することを検討中ではないかと言われているLTPOへの対応に、両社の持つ技術を融合できそうであるためだ。

 有機ELのバックプレーンとなるLTPSは、LTPS液晶とは設計が異なる。電圧駆動である液晶に対し、有機ELは電流駆動であるため、バックプレーン用は配線が太くなりがちで、解像度を上げにくいとされる。LTPOとは、LTPSと酸化物TFTであるIGZOを融合した技術で、互いの弱点を克服できると期待されており、アップルがすでに特許を出願済みともいわれている。LTPOは、まだどのパネルメーカーも生産できておらず、JDIのLTPS技術とシャープのIGZO技術をうまく融合すれば、他のサプライヤーをリードすることも可能になるだろう。

 電子デバイス産業新聞では、15年9月10日付で「アップルが台湾に4.5GのFPD試作工場を整備」と報じた。この工場はもともと米クアルコムがMEMSディスプレーの開発・量産用に保有していた2棟のうちの1棟で、もう1棟はTSMCがFan Out Wafer Level Package技術「Info」の量産拠点として取得した。このアップルの拠点は現地でApple MAXと呼ばれており、TFTセル工程の設備のみが導入されているようだ。筆者は、ここでアップル自身もLTPOの製造技術や性能を検証するのではないかと考えている。

供給能力は現状で最大1.5億台

 表にサムスンとLGDの有機EL生産キャパシティーをまとめてみた。


 仮に、5.5インチパネルが4.5Gガラスから60枚、5.5Gガラスから170枚、6Gガラスからは250枚取れると想定すると、LGD「P10」を除く全能力(ガラスベースもフレキシブルも)を有機ELだけに振り向けたとして、歩留まり100%で年間約3.8億枚の5.5インチパネルを供給できる。だが、これをフレキシブルだけに絞ると、年間1.5億枚程度にしかならない。
 15年ベースで、スマホの出荷台数はサムスンが3.2億台、アップルは2.3億台。これらすべてが有機ELを搭載するとは思わないが、「アップルが採用すれば中国スマホが追随する」という流れが出てくるのが確実なため、まだまだ供給能力は足りない。直近では、サムスン「A3」の能力追加が期待されるが、事業化を計画している台湾勢や中国勢をアップルが新規サプライヤーに加える可能性は、初搭載の段階ではないだろう。

装置や部材への影響大きく

 15年はFPD製造装置の受注が旺盛だ。日本半導体製造装置協会(SEAJ)の調べによると、15年の日本製FPD製造装置の受注額は1~10月の累計で前年同期比約2倍の4200億円を突破した。さすがに過去のピークには届かないものの、リーマンショック以降では過去最高額になる。大手調査会社IHSの予測(15年7月時点)では、15年のFPD製造装置需要は約80億ドルとなり、12年から4年連続で成長する。中国メーカーをはじめとするパネル各社の旺盛な投資計画によって、16年は5年連続で成長して90億ドル近くまで需要が伸び、17年は少し落ち着くとはいえ70億ドル以上を維持すると予想している。


 だが、スマホ用中小型パネルの一部が有機ELにシフトすると、受注に浴する装置メーカーの顔ぶれは変わる。真空蒸着装置には大きな受注機会が訪れるだろうし、バックプレーンにLTPSや酸化物TFTを使うため受注額に大差はないのかもしれないが、ある装置メーカー幹部は「計画中の新工場が2期投資をLTPSから有機ELにシフトすると、想定している販売が見込めなくなる」と吐露する。

 装置よりもっと影響が大きいのが部材、特に液晶には不可欠なバックライト用のLEDや光学フィルムだろう。液晶産業において、スマホは面積ベースのウエイトがテレビなどに比べて小さいが、それでもアップルが有機ELに本当にシフトするなら、バックライト用のLEDやフィルムの需要の見立てをある程度は修正しなければならない。液晶パネルを巡って形成されてきたFPDサプライチェーンが変わることになる。

 きたる16年には、こうした動きがポツポツと随所で見られるようになるかもしれない。パネル、装置、部材メーカーの動きをこれまで以上に精緻に追いかけていく必要がある。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏

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