電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第152回

太陽電池は車を目指す


車載はキラーアプリになるか?

2016/6/24

 再生可能エネルギーの普及拡大が叫ばれて久しい。当然である。現代社会の発展を支える化石資源はいつかは枯渇するし、原子力発電の原料であるウランも有限だ。そもそも危険極まりない核エネルギーは、一歩間違えば、チェルノブイリやフクシマのような深刻な事故を引き起こす。我々はそれを身をもって経験しているわけだが、にもかかわらず、「原発、原発」と念仏を唱え続ける人間がいる。

FITでPV導入は加速したが……

 とは言え、政府も原発依存度を下げる努力を続けており、長期エネルギー需給見通し(2030年)では、再生可能エネルギーの比率を22~24%(太陽光発電(PV)は7%)まで引き上げる方針を打ち出している。そして、PVの導入は、目標である64GWを前倒しするかたちで進んでいる。固定価格買取制度(FIT)がスタートした12年7月~16年1月末までの新規設備認定容量は79GW超に達しており、とりあえず計画ベースでは、導入目標をクリアしたかたちとなっている。


 ただ、いつまでもFITのような補助金に依存していては、将来の成長は望めない。FITはあくまでも、導入を加速するためのカンフル剤に過ぎない。ある程度導入が進めば、様々な弊害も表面化してくる。そして、補助金という餌には、必ずそれを悪用する輩が群がってくる。

 もっとも、FITによりPVの導入が増える(増えた)のも事実である。我が国は、14年に9.7GW、15年には11GWを導入するなど、トップの中国に続き、世界のPV市場を牽引している。導入量が増えたことで、発電コストも低下した。15年の発電コストは非住宅で18.6円/kWh、住宅で18.8円/kWhと、いずれも20円を切っている。そして、20年には14円/kWh(業務用電力価格)、30年には7円/kWh(従来型火力発電並み)を目指して技術開発が進んでいる。7円/kWhの発電コストが実現できれば、国際競争でも十分に勝算があると期待している。

車載という巨大市場

 補助金に頼らずにPVの普及を図る方法として、グリッドパリティの実現、HEMSやBEMSといった各種エネルギー・マネジメント・システムの導入など、様々な取り組みが提案されている。いずれにしても、価格が大きなファクターになることは間違いない。

 一方で、利便性も重要なファクターになる。「昼間、晴天」という条件があるものの、屋外で電力を確保(しかも無料)できる利点は大きい。外出中に充電が必要なものといえば、まずはスマートフォン(スマホ)だろう。ゲームかLINEのやり取りといった、どうでもいい用途が大半だとは思うが、そういう利用者に限って、年中充電不足を嘆いている。

 さらに、大きなアプリが控えている。自動車市場である。ただ、自動車とPVの組み合わせは、それほど目新しいものではない。ソーラーカーは昔からあるし、誰でも一度は、平べったい煎餅のようなフォルムの車体が疾走するシーンを見たことがあるだろう。

ソーラーカーで技術蓄積

東海チャレンジャー2015(出典:東海大学ウェブサイト)
東海チャレンジャー2015
(出典:東海大学ウェブサイト)
 PVメーカーも、技術開発とブランドPRを兼ねて、ソーラーカーレースもしくは参加チームを支援している。世界最大級のソーラーカーレース「ワールド・ソーラー・チャレンジ」には、東海大学のチームが積極的に参加しており、過去のレースでも輝かしい実績を残している。09年(豪州)、10年(南ア)、11年(豪州)、12年(南ア)では4年連続の優勝を飾り、13年(豪州)は準優勝だったが、14年(チリ)では再び優勝した。15年(豪州)は3位に終わったが、3000kmの長丁場を見事に走り切った。

 パナソニックは11年から同チームを支援しており、同社のヘテロ接合型高効率PVの「HIT」を供給している。ちなみに、15年モデルの「Tokai Challenger」のスペックは、全長4494mm、全幅1795mm、全高1008mm、重量160kgで、約6m²の面積に総出力1.39kWのHIT(セル効率23.2%)を装備している。20kgのリチウムイオン電池も併用しており、最高速度120km/h、巡航速度90km/hを誇る。

OSU-Module-S(出典:Trina Solar)
OSU-Module-S(出典:Trina Solar)
 中国のTrina Solarも大阪産業大学のソーラーカーチームを支援している。同大のソーラーカー「OSU-Module-S」にIBC(バックコンタクト)構造を採用した高効率結晶シリコン(Si)太陽電池(セル効率22~23%、セル枚数565枚)を供給しており、15年に開催されたソーラーカーレース(三重・鈴鹿)で総合優勝を果たしている。

 当然ながら、こうしたソーラーカーは実用性ゼロのレース専用車である。さすがに、PV電力で乗用車を駆動するのは無理というのがこれまでの常識だった。ところが、排ガス規制の強化と自動車の電動化により、自動車業界はそんなことを言っていられない状況に直面している。プラグインハイブリッド(PHV)、電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)のような次世代のエコカーにとって、電気はどれだけあっても足りない。PHVはガソリン、FCVは水素があれば走行できるが、それでもできるだけ燃料代を節約したいのが人情だ。EVに至っては、電池切れイコール走行不可となる。

トヨタがPV活用に本腰

 そんなわけで、改めて、車載用PVが注目されている。何と言っても、あのトヨタが本腰を入れているのだ。自動車へのPV導入が本格化すると期待するのは当然だろう。世界の自動車保有台数は13年の時点で11億台を超えており、将来的には、相当数がエコカーに置き換わるはずだ。そのエコカーにPVが標準装備されれば、そこには巨大なPV市場が生まれるといった皮算用もある。しかも、自動車産業自体が日本の強みであり、加えて、車載分野は日本勢が得意とする高性能や付加価値を訴求しやすい。FITの買取価格が下がった云々で、嘆いている場合ではないだろう。

 ところで、エコカーは電気だけでどれくらい走行できるだろうか。09年発売のi-MiEV(三菱自動車)は、電池容量16kWhで連続走行距離は130kmである。日産の新型リーフは24kWhの電池容量で航続距離228km、30kWhでは280kmを実現している。TeslaのModelSはさらに大容量の電池を搭載しており、60kWhの電池容量で375km、85kWhの電池容量では500kmとガソリン車並みの航続距離を誇る。

 一方、トヨタのプリウスPHVは、4.4kWhの蓄電池を搭載しているが、電池のみで走行できる距離は26km程度にとどまる。VWが新たに投入した「Passat GTE」は9.9kWhの蓄電池で51.7kmのEV走行を実現している。

 当たり前だが、電池容量を増やせば航続距離が伸びる。ただ、コストやスペース、重量などの制約もあり、むやみに電池容量を増やすわけにはいかない。

 一方の車載用PVはどうか。利用できる面積は限られるが、もともと使用していないスペースである。ある程度の重量増は避けられないが、蓄電池ほどではないだろう。何と言っても、プラグを差し込む必要がない。日の当たる場所であれば、走行中であろうが、駐車中であろうが勝手に発電&充電を行う。しかも、発電に必要なエネルギーは空から永久かつ無尽蔵に降り注ぐ。1億5000万km離れた太陽から請求書が届くこともない。

10年前から検討

プリウスHVに搭載した「ソーラーベンチレーションシステム」(出典:京セラ)
プリウスHVに搭載した「ソーラー
ベンチレーションシステム」(出典:京セラ)
 トヨタは、16年秋に発売予定の新型プリウスPHVにPVを搭載することを発表した。もっとも、同社は10年以上前から車載用PVの開発に取り組んでいる。05年からハイブリッド車へのPV搭載の検討を開始し、開発を担当した京セラが約1年半をかけ商品化にこぎつけた。そして、09年5月に発売したプリウスにオプションとして、「ソーラーベンチレーションシステム」を採用した。搭載したPV(多結晶Si)の出力は65Wで、PVで発電した電力は、駐車時の車内温度上昇を抑える空調機器の運転に使われた。

 京セラも車載用PVの開発には随分と苦労したようだ。車載用PVは、自動車特有の走る、曲がる、止まるといった振動に耐える必要がある。180μm程度の膜厚しかないPVセルは、ちょっとした振動や衝撃で簡単に割れてしまう。しかも自動車の屋根は湾曲している。京セラは湾曲したガラスに正確にPVセルを封止するため、専用ラミネーターを用意した。

 さらに大きな焦点だったのが「外観」である。街中を走り回る自動車にとって、外観のデザインは極めて重要だ。見た目が悪い自動車は、商品価値が大きく下がるからだ。ここでも、PVセルの表面電極であるバスバー(銀電極)が目立たないような工夫が必要だった。

新型プリウスPHVにPV搭載

新型プリウスPHV(出典:トヨタウェブサイト)
新型プリウスPHV(出典:トヨタウェブサイト)
 PVの電力で自動車はどこまで走行できるだろうか。詳細は明らかにしていない(6月13日現在)が、新型プリウスPHVでは、車体の屋根に搭載したPV(ソーラールーフ)で発電した電力は、駆動用バッテリーおよび12Vバッテリーに供給するという。駐車中は駆動用バッテリーを充電し、走行中は駆動用バッテリーの消費を抑えることで、EV走行距離や燃費の向上が期待できると説明している。

 Fordも14年にSunPower製高効率PVと集光レンズを組み合わせたPVシステムを搭載したPHVのコンセプトカーを発表している。電池容量は8kWhで、EV走行距離は34kmだが、これでも、標準的な米国人の走行パターンの75%をPV電力だけでカバーできるという。

OPV搭載の電気自動車(三菱化学)
OPV搭載の電気自動車(三菱化学)
 三菱化学も車載用PVの可能性を検討している。同社は3Mジャパンと共同で、15年から塗布型の有機薄膜太陽電池(OPV)を活用した「シースルー発電フィルム」の市場開拓を開始している。「シースルー発電フィルム」は軽量、フレキシブル、低コスト、カラフル、シースルーといった特徴があり、ビル・住宅、農業・産業資材、インテリア、モバイルなどに最適としているが、自動車分野も有望な市場と見ている。
 特に、塗布型PVであれば、車体に直接、印刷プロセスでPVを形成できるため、限られた車体面積を最大限に利用することができる。

 ちなみに、三菱化学では、自動車に最大で5m²程度のPVの設置が可能と見積もっている。この面積であれば、モジュール変換効率を10%と仮定して、500Wの発電量が期待できる。これを蓄電池に2時間充電すれば、1kWhの電池容量が確保でき、PV電力だけで10km程度のEV走行が可能になると試算している。

集光技術がカギ

 豊田工業大学も車載用PVに着目しており、無追尾低倍集光を組み合わせた車載用PVの研究開発に取り組んでいる。同大では、軽量化したPHVにIII-V族化合物などの高性能PVを搭載することで、ガソリンの使用量を大幅に削減することが可能と考えている。
 そして、全ファミリーカーの3分の2のエネルギーをPVで賄うことができれば、温室効果ガスの排出を8%削減できると説明する。

 限られた面積で必要な発電量を確保する車載用PVでは、III-V族化合物のような超高効率PVが必要で、さらに、PVセルのコスト低減、3次元曲面への設置などを考慮すると、車載に特化した無追尾集光システムも不可欠だ。
 開発テーマとしては、車載パネルが利用できる日射の把握、無追尾集光の理論的な可能性の算出(集光倍率4倍程度)、光学材料(非球面、非結像、非軸対称光学系)およびセル構造(III-V族/Siのタンデム)の検討、設計アルゴリズムの開発(間接反射光の選択的利用)などを掲げている。

 車載用PVの目標発電量は年間700kWhに設定した。屋根やボンネットなどを活用すれば、3.5~4m²の設置面積が確保できるとし、m²あたり200W出力できれば年間発電量700kWhは可能だ。そして、燃費17km/kWhと仮定すると、1日あたり30kmのEV走行が可能と算出している。1日あたり30kmの走行距離は決して十分とは言えないが、それでも、PV電力による自動車の駆動は現実的かつ有益と考えていいだろう。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 松永新吾

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