電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第153回

意外に期待できる? マイクロLEDディスプレー


ソニーが事業化、アップルも水面下で

2016/7/1

 業界識者いわく「超オーバーサプライ」の状況にあるLED。一般照明への本格採用で需要拡大が見込まれて以降、中国がMOCVD装置の購入補助金を乱発したこともあって参入メーカーが急増し、その構成部材であるサファイア結晶・ウエハーでも同様の事態が発生した結果、チップやパッケージ、サファイアの価格は近年、急激な下落に見舞われてきた。中国の補助金政策がようやく終わりを迎えたとはいえ、この過程で数多くのメーカーが事業再編に取り組まざるを得なくなっているのは何とも痛々しい。

 そうした厳しい市況にあるLEDだが、新たなアプリケーションとしてマイクロLEDディスプレーの将来性に注目している。マイクロLEDとは、LEDを従来以上に高密度に敷き詰め、高精細かつ広視野角なディスプレーとして活用しようという取り組みだ。LEDディスプレーは、すでにスタジアムや大型商業施設などに設置されている超大画面ディスプレーとして実用化されているが、今後の技術の進展によっては中小型の表示素子としても実用化できる可能性があると思っている。

ソニーが「CLEDIS」として事業化へ

 ソニーは5月19日、きわめて微細なLEDを用いた独自開発の高画質ディスプレー技術CLEDIS(クレディス)を発表し、ケーラブルな新方式ディスプレーシステムとして2017年1~3月期から販売を開始する。CLEDISは、画面表面にR(赤)/G(緑)/B(青)の微細なLED素子を配置した画素を、画素ごとに駆動させる自発光ディスプレー。RGBを1画素とする光源サイズは0.003 mm²ときわめて微細なため、画面表面に黒色が占める割合を99%以上に高めることができるという。

CLEDIS技術を採用したディスプレーシステムのイメージ
CLEDIS技術を採用した
ディスプレーシステムのイメージ
 LED素子を搭載した403×453mmのディスプレーユニット(画素数は1ユニットあたり320×360×RGB)を組み上げて、設置場所に応じて画面サイズや縦横比を任意に構成することができる。サイズの一例として、ユニット144個で横9.7×縦2.7m(8K×2K)の大画面、高画質ディスプレーが構築できると説明している。素子がLEDであるため、コントラストは100万:1以上、フレームレートは最大120fps、表示可能色域はsRGB比(u'v')約140%、輝度は最大 約1000cd/m²、視野角はほぼ180度となっている。
 ソニーでは、CLEDISを工業用デザインの作製現場やショールームなどに販売していく考えだ。

技術の源流はCrystal LED Display

 CLEDIS技術の源流は、ソニーが12年に開発を発表したCrystal LED Display(CLD)にある。ソニーは55インチのフルHDディスプレーとしてCLDを開発し、米ラスベガスで開催された家電見本市「2012 International CES」に出展した。有機ELテレビが次世代の本命と目されるなか、当時CESを訪れたアナリストが「群を抜いて素晴らしい画質。有機が主役になると思われた次世代ディスプレーに無機で一石を投じた」と絶賛していたことを思い出す。

画質の高さが絶賛されたソニーの55インチCLD
画質の高さが絶賛されたソニーの55インチCLD
 当時の発表によると、55インチCLDは、RGBのLEDを約200万個ずつ、計約600万個使用し、ディスプレーの前面に配列した。主な仕様は、輝度=約400cd/m²、視野角=約180度、コントラスト(暗所)=測定限界値以上、色域=NTSC比(xy)100%以上。液晶と比べて、明所コントラスト約3.5倍、色域約1.4倍、動画応答速度約10倍を実現した。加えて、パネルモジュールの消費電力が約70W以下ときわめて低い。最新の55インチ有機ELテレビ(4K)の消費電力がカタログ値で300W台であることを考えると、やはりLEDディスプレーの省エネ性能はきわめて高いといえる。

アップルも開発中

 100インチを超える超大型ディスプレーは、液晶では実現が難しいためLEDの独壇場だが、中小型ディスプレーへの応用を目指しているのではないかと目されるのがアップルだ。

 アップルは14年5月、米シリコンバレーでマイクロLEDディスプレーを開発していたベンチャー企業LuxVue Technologyを買収した。LuxVueの技術は、液晶や有機ELといった既存のディスプレー表示素子と同等の明るさを保ったまま、バッテリーの持続時間を延長できると評価されている。これに関連したアップルの申請特許がアップルマニアや特許ウオッチャーのWebサイトで数多く報じられており、これをもとに「次世代ウエアラブル商品の表示素子に使うつもりではないか」、あるいは「次世代アップルウオッチの画面に搭載して電池駆動時間を延ばすつもりではないか」などと噂されている。

 アップルがマイクロLED技術を実用化しようとしている証左として出てくるのが、アップルが13年11月にサファイア結晶製造装置メーカーの米GTアドバンストテクノロジーズ(GTAT)と結んだサファイア供給契約だ。その経緯を振り返ると、アップルは太陽電池メーカーがアリゾナ州に保有していた工場を買い取り、これをGTATに貸与した。同時に、GTATに5.78億ドルを提供し、これをもとにGTATはこの工場に自社製の結晶成長炉「ASF」を導入してサファイアの製造に参入し、アップルに供給するという内容だった。当時はこれが「アップルがiPhoneのカバーにガラスではなくサファイアを使用する」と理解され、事実採用を検討したもようだが、最終的には採用に至らず、GTATは14年10月にチャプター11を申請することになった。

 ただし、業界内では「アップルのサファイアプロジェクトはまだ終わっていない」という話がいまだに聞かれ、これがマイクロLEDの実用化に通じるのではないかと見る向きがある。加えて、アップルはかつてクアルコムが台湾に保有していた施設を買い取り、次世代ディスプレーのR&D施設として活用しているが、「ここではマイクロLEDも研究の対象になっている」との報道もある。

 さらに言うと、アップルは、かつてマキシム・インテグレーテッドが米サンノゼに保有していた半導体工場を買収したことが15年12月に明らかになった。この買収を巡っては「次世代プロセッサーを自社で試作するつもりでは」、あるいは「次世代のRFデバイスやMEMSセンサーの開発に活用するのでは」といった憶測が飛び交っているが、この工場が8インチで月間7000枚の投入能力しかないことを考えると、活用法は限られる。筆者は、アップルが素直にシリコンデバイスを生産するとは思えず、「大口径サファイアウエハーを用いたマイクロLEDの開発・生産に活用する」ことも可能性の1つと考えている。

モノリシック化ができれば

 マイクロLEDが表示素子として、さらなる小型化と高解像度化を実現するなら、やはり製法を新たに開発することが必要になる。LEDは、発光層をRGBともにMOCVDで形成できるが、その下地となるウエハーは一般的にRにはGaAs、GとBにはサファイア(SiCやGaNもある)と異なる素材を使用するため、モノリシックに製造することができない。ソニーはCLEDISやCLDの製法について詳細を明らかにしていないが、やはり各色の素子を別々に作り込み、各色を高密度に実装することが必要だと推察される。

 昨今の半導体製造技術では、シリコンと化合物半導体を融合したプロセスとしてIII-V on Siliconが注目されている。格子不整合を解決してモノリシックでRGB発光素子を作り込むのは相当難しいだろうが、実現できればLED市場に新たな活力を与えるのは間違いない。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏

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