電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第417回

タッグを組む島津・堀場製作所


京都の2大計測企業が生み出すもの

2021/9/3

 2021年6月下旬、島津製作所と堀場製作所は両社が強みを持つ技術を組み合わせた新たな計測機器「LCラマンシステム」を発売した。両社はどちらも京都に本拠を置く分析計測機器メーカーで、20年8月に協業を発表してから1年弱で成果第1弾のお披露目となった。

 LCラマンは近年ますます高度化、多様化する製薬、ヘルスケア、電子・工業用材料といった様々な分野の研究開発現場をターゲットとし、計測の高精度化や高効率化、あるいは未知の材料の発見といった新たな価値を提供する。京都の2大計測企業のタッグが、材料開発を大きく後押ししようとしている。

近代理化学工業の礎を築いた島津

 同じ京都に本拠を置く分析計測機器メーカーという共通点はあるものの、両社はどちらも非常に特徴的な来歴を持った企業だ。

 島津製作所は1875(明治8)年の創業で、京都における理化学工業の草分け的存在である。創業者の初代島津源蔵は、当時の近代産業勃興の機運を目にして仏具職人から理化学器械の製造に転じた人物で、日本で初めて人を乗せた軽気球の飛揚に成功したことでも知られる。その息子である2代目島津源蔵は発明家として著名で、X線装置や鉛蓄電池の国産化などを成し遂げた。蓄電池事業は現在のGSユアサのルーツとなっている。ちなみに島津の家名と「丸に十字」の社章は、鹿児島を本拠とした大名、島津氏に由来する。島津源蔵の祖先が島津氏から贈られたもので、島津製作所を創業した際に社章として用いたものという。

田中耕一氏(21年6月の記者会見にて)
田中耕一氏
(21年6月の記者会見にて)
 戦後には高度経済成長期に国産初のガスクロマトグラフを開発し、現在主力の液体・ガスクロマトグラフや質量分析計といった分析計測機器につながっていく。この分野からは2002年に田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞しており、以後も質量分析による病気の早期発見、治療への応用を目指した研究開発が進められている。

堀場は学生ベンチャーの草分け

 一方の堀場製作所は、1945年に京都大学に在学していた堀場雅夫氏が創業した、学生ベンチャーの草分けといえる企業だ。「おもしろおかしく」という、ユニークな社是を掲げていることでも知られている。この言葉には、人生で長い時間を過ごす職場での日常を自らの力で「おもしろおかしい」ものとし、充実した実りあるものにして欲しい。それが企業の発展にもつながるという考えが込まれている。

「おもしろおかしく」の碑文
「おもしろおかしく」の碑文
 国産初のガラス電極式pHメーターを50年に開発したのをはじめ、液体やガスの分析技術をコアに業容を拡大してきた。現在主力の自動車排ガス測定では、15年に発覚した独フォルクスワーゲンのディーゼルエンジン規制逃れの解明に堀場製排ガス測定装置が貢献したことで話題になった。自動車以外でも半導体製造や医療、環境、水処理など様々な分野に分析技術を展開している。

京都の2大分析計測企業が初の協業

 両社が提携を打ち出したのは20年8月。意外なことに、京都、分析計測という共通点を持つ両社の協業はこれが初めてという。もともと京都企業には同じ京都にある他社との競合を避けようとする不文律がある。島津と堀場も例外ではなく、同じ分析計測企業といいながら、両社の持つ技術や展開する市場にはほとんど重複がなかった。それだけに、協業することで両社の強みを融合、補完して新たな価値を生み出すことが期待できると判断したわけだ。

 協業の成果として生み出されたLCラマンシステムとはどんな機器なのだろうか。システムの詳細に入る前に、そもそもLCとラマンを組み合わせるに至った背景について触れよう。

 医薬やヘルスケア、エレクトロニクスなど様々な分野において、人の健康に効果を発揮したり機器の消費電力を抑えたりという機能を発揮する大元になるのが材料だ。そのため、冒頭に述べたように材料の研究開発はより高度化、高効率化が求められている。材料の研究のためには物質の種類を特定したり、それぞれが含まれている量、さらには材料内にどのように分布しているのかといった情報が不可欠である。研究開発現場ではこれらの情報を得るために、複数の分析計測装置が用いられている。

相互の弱点を補完できるLCラマンシステム

 LCラマンシステムは、こうした多種多様な研究開発現場向け分析計測装置のうち、島津製作所の高速液体クロマトグラフ(LC)と堀場製作所のラマン分光装置を組み合わせたものだ。LCとラマン分光装置は両社がそれぞれトップシェアを持つ機器でもある。LCは液体試料に含まれている成分を分離、抽出する機器で、ラマン分光は「ラマン分散光」という光を物質に当てることで温度や電気特性、結晶性などを調べる機器である。

 この2つを組み合わせることで何ができるのか。その答えは、相互の弱点を補完した分析計測システムの構築だ。前述のとおり、LCは混合試料から対象の成分を分離、抽出して高精度に測定できる機器だが、反面で分析対象以外の成分が含まれていても、その判定は困難である。

 一方、ラマン分光は分子構造の違いから未知成分の推定、データベース照合が可能な機器だが、混合試料の解析は不得手としている。両装置を組み合わせることで、混合試料から未知成分を探索するなど、これまで単独では難しかった分析が可能になるわけだ。システム化にはほかにも利点がある。両装置での分析データをデジタルで記録し、管理を一元化できることだ。手作業の記録、管理による手間を削減してミスを防止できる。

LCラマンシステム(左がLC、右がラマン)
LCラマンシステム(左がLC、右がラマン)
 システムを用いたアプリケーション(具体的な分析対象に応じたツール、マニュアルなど)の開発には、早稲田大学の竹山春子教授が参画した。竹山教授によればLCとラマン分光装置は幅広い分野の研究開発現場で用いられており、これらを統合したシステムの恩恵は非常に大きなものがあるという。「これまでなぜ世の中に存在しなかったのか不思議なくらいだ」と製品発表会見において竹山教授は語った。

今後のさらなる協業に期待

 20年8月の提携発表において、両社のトップはLCラマンを皮切りに様々な分野で協業を深めたいとコメントしていた。LCラマンの完成披露時点ではその後の具体的な予定については未定だったが、両社の開発担当者は共同開発が相互にとって刺激となり、新たな研究開発へのモチベーションアップにつながったとコメントしている。

 独特の文化、強みを持った同業他社同士が手を結び、両社の弱点を補いながら新たな価値を生み出していくというのは、協業の理想形ではないだろうか。今回はLCとラマン分光装置という、既存装置のシステム化だったが、次なる第2弾以降においては両社の力で全く新たな製品を生み出すなど新たな挑戦にも期待したい。

電子デバイス産業新聞 副編集長 中村剛

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