電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第437回

CESから考える2022年のディスプレー市場


有機ELのG8.5量産が投資トレンドに

2022/1/28

 コンシューマーエレクトロニクス世界最大の展示会「CES 2022」が1月5~8日に開催された。オミクロン株の世界的な感染拡大で、直前にリアル出展を取りやめる企業が相次いだものの、オンラインを中心に各社から新製品や新技術が続々と紹介された。そのなかから注目を集めたFPD(Flat Panel Display)関連のトピックスをもとに、22年のディスプレー市場の行方を展望してみる。

ついにサムスンのQD-OLEDが登場

 ディスプレー関連で最も注目を集めたのは、サムスンがついに量子ドット有機ELディスプレー「QD-OLED」を初展示したことだろう。19年10月にグループ会社のサムスンディスプレー(SDC)が大型投資計画を発表して以降、公式の場に展示したことはなかったが、CES 2022では別会場で披露された。本格的な量産開始を告げるものだといえ、主催者のCTA(Consumer Technology Association)から65インチQD-OLEDテレビがInnovation Awardを受賞した。

 65インチテレビに加え、サムスンは34インチQD-OLEDを搭載したゲーミングモニター「Odyssey G8QNB」も発表した。リフレッシュレート175Hz、応答速度0.1msecを備えたウルトラワイドQHD品で、これもInnovation Awardを受賞した。テレビ用に関しては、65インチに続いて、55インチもラインアップされる見通しになっている。

CES2022でアワードを受賞したサムスンの65インチQD-OLED
CES2022でアワードを受賞した
 サムスンの65インチQD-OLED
 QD-OLEDの登場により、これまでLGディスプレー(LGD)が「WOLED」で独占してきたテレビ用有機ELディスプレーに選択肢が1つ加わることになる。CES 2022では、早くもソニーがQD-OLEDの採用を表明し、65インチテレビ「XR-65A95K」を商品化することを明らかにした。ソニーに続いて今後QD-OLEDをラインアップに加えるテレビメーカーが登場することが予想され、QD-OLEDとWOLEDが競い合うかたちになる。

ライバルのLGDとテレビ用で共闘

輝度を30%高めたLGDのOLED.EX
輝度を30%高めたLGDのOLED.EX
 対するLGDも21年末、従来品比で輝度を30%高めた次世代テレビ用有機ELディスプレー「OLED.EX」の開発を発表した。22年4~6月期から坡州、中国広州の工場で量産を開始する予定だ。有機発光素子の主要要素である水素を、より強固で安定した構造を持つ重水素に置き換えて輝度を向上。さらに、独自開発の機械学習「パーソナライズアルゴリズム」でユーザーの表示パターンを学習し、エネルギー投入量を正確に制御して表示品位や色味を高める。また、ベゼル幅を従来の6mmから4mmへ狭くし(65インチベース)、デザイン性と没入感を高めた。

 サムスンとLGDが新型パネルを発表しあう一方で、業界内では「サムスンはLGDからWOLEDの供給を受けることを検討中」と言われており、「あとは価格交渉を残すだけ」との報道も出ている。テレビ用の液晶パネルで圧倒的な製造シェアを持つに至った中国FPDメーカーへの過度な依存を避けるため、サムスンはLGDからテレビ用の液晶とWOLEDの供給を受けることで調達量をバランス化させる考えだと目されている。調査会社の英Omdiaは「調達量は液晶、WOLEDをあわせて年間400万台に達する」とみており、交渉がまとまれば、WOLEDのさらなる出荷増を目指すLGDにとって絶好のビジネスチャンスとなる。

 LGDは現在、WOLEDの生産能力として、G8.5マザーガラスで韓国の坡州工場に月産7万枚、中国の広州工場に月産9万枚を持つ。このうち広州工場は21年7~9月期に月産能力を3万枚追加して9万枚へ増強したばかり。サムスンへの供給が決まれば、当面の目標にしてきた年間1000万台の出荷目標(21年は800万台前後)に大きく近づき、次の増産計画も立てやすくなるだろう。

 一方でサムスンは、LGDからパネルを調達することにより、巣ごもり消費で需要が旺盛なため稼働休止を延期してきた韓国国内のテレビ用液晶ラインを22年6月までに止め、21年夏から価格が急落している液晶の事業収益悪化を最小限にとどめる。そして、休止した液晶ラインを有機ELの製造ラインに転換し、ディスプレー事業全体の付加価値をより高める方向へ舵を切っていく。

 これまでは熾烈な競争関係にあったサムスンとLGDだが、サムスンは韓国メーカー同士の共闘によって、液晶市場で圧倒的なシェアを持つに至った中国メーカーを牽制しつつ、量産技術で優位性を持つ有機ELへのシフトを早め、液晶の価格下落で業績悪化が見込まれる中国メーカーに対して収益力で差をつけていく戦略をとるとみられる。

注目されるSDCの有機EL投資戦略

 注目されるのは、SDCの今後の投資戦略だ。19年10月の発表時、SDCは25年までに総額13.1兆ウォンを投資し、QD-OLEDの生産ラインを順次整備していく方針を示していた。だが、現状でQD-OLEDの生産ラインとして整備したのは、液晶ラインの休止を延期してきたこともあって、牙山1キャンパスのQ1ライン(旧L8-1)のみ。月産能力はG8.5で3万枚にとどまっている。

 では、液晶ラインの休止が見込まれる22年6月以降に、QD-OLEDの増産投資を再び加速させるかというと、そうとは言えない状況に変わってきている。SDCは現在、スマートフォン用のフレキシブル有機ELを生産しているRGB塗り分け有機ELの製造技術を高度化し、タブレットやノートPCといったIT用パネルを液晶から有機ELに置き換えていく量産投資を優先し始めているためだ。

 スマホ用有機ELは現在、G6ハーフ(925×1550mm)サイズのガラス基板でRGBを塗り分け成膜しているが、巣ごもり需要でIT用パネルの需要がここ2年で急激に伸びたこと、需要が旺盛かつ価格がテレビ用に比べて安定しているIT用液晶パネルに中国メーカーが今後本格的に参入してくること、さらに、中国メーカーがG6ハーフでスマホ用有機ELの生産量を徐々に増やしていることなどを勘案し、SDCは先んじてIT用パネルを液晶から有機ELへシフトする考え。これに向けて、SDCはRGB塗り分け成膜のガラス基板をG6ハーフからG8.5フルサイズ(2200×2500mm)に大型化し、IT用パネルがより効率的に量産できる有機EL量産ラインを構築して、中国メーカーの追撃を振り落とそうとしている。

 もし、SDCがG8.5フルサイズのRGB塗り分け有機ELへの投資を優先すれば、QD-OLEDのさらなる増産投資は、今後の需要動向を見極めたうえで、最小限にとどめる、あるいは、追加投資を当面見送るといったことが考えられ、当初の投資計画を抜本的に見直すことになる。ただし、G8.5フルサイズの量産は技術的ハードルが高く、G8.5ガラス基板に対応可能なファインメタルマスクが用意できるか、生産ライン長をコンパクト化するための縦型搬送&成膜が実現できるか、といった課題がある。現在のところ、こうした技術の見極めをSDCは22年4~6月期までに完了させるといわれており、それまでにはLGDからのWOLED調達を含めて、ディスプレー事業の投資計画の大枠を固めるのではないだろうか。

 SDCがG8.5投資を正式決定すれば、FPD業界に「G8.5による有機EL量産」という新たな投資の流れが生まれると考えている。スマホが登場して以降、FPD業界では、G6によるスマホ向けLTPS液晶の量産→G10.5によるテレビ用アモルファスTFT液晶の量産→G6ハーフによるスマホ用RGB塗り分け有機ELの量産→大画面化に伴うG10.5液晶への追加投資というトレンドがFPD製造装置需要を牽引してきたが、25年ごろまではG8.5による有機EL量産が主役になるかもしれない。SDCの投資計画に触発され、すでにLGDや中国BOEもG8.5ハーフ(1250×2200mm)による量産を検討中といわれている。

マイクロLEDはサイズ戦略を変更

サムスンはマイクロLED 3サイズを発表した
サムスンはマイクロLED 3サイズを発表した
 QD-OLEDに加えて、サムスンはCES 2022で新型のマイクロLEDテレビも公開した。すでに販売している110インチに加え、101インチと89インチを発表し、新たなサイズラインアップを加えていく方向性を示した。

 21年を振り返ると、サムスンのマイクロLEDに関しては、芳しい話を聞くことがなかった。CES 2019で75インチの開発を発表し、CES 2021では110インチの発売を発表するとともに、99インチをはじめとしてサイズラインアップを年内に増やす方針を示した。これに付随して、99インチに続いて88インチ、75インチを製品化する見通しなどが報じられたが、以降は「製造歩留まりの向上に相当苦労している」だとか、「赤色LEDの品質に満足していない」といった話が漏れ聞こえ、秋ごろには「70インチ台での商品化を当面見送る」という報道が出た。

 CES 2022の展示内容は、まさにこうした話を裏付けるもので、開発ロードマップを変更したのだと感じた。もちろん今後も家庭用テレビとして一般庶民が手にできる商品を目指して開発を継続していくのだろうが、既存の液晶や有機ELと競合するようなサイズや価格で商品化できるまでには、まだまだ時間を要するのだろう。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

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