電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第545回

「半導体の地政学」というものが重要になってきた時代


事実上の世界トップ、台湾TSMCの米・日・独の3大新工場が意味するもの

2023/8/25

 猛暑と台風に明け暮れるなかで、「半導体の地政学」というものを考え始めている。台湾のシリコンファンドリー大手であるTSMCが米アリゾナ州(5.5兆円投入)や日本の熊本(2兆円投入)に続き、ついにというか、いよいよというか、ドイツのドレスデンに新工場(1.5兆円投入)を設けることをアナウンスしたからだ。同社は、いまや半導体生産金額で言えば10兆円を超え、サムスンやインテルを抑えて、事実上の半導体世界トップカンパニーになってしまったのだから、事は穏やかではない。

 シンプルに言えば、内需も振るわず、輸出入も振るわず、公共投資もトーンダウンして苦境に喘ぐ中国経済が、次の手を打とうとしていることだろう。言うところの一帯一路で欧州までつながる道を作ろうとしていることは明らかだ。そして、まずもってあり得ないことと思っているが、仮に中国が台湾に武力侵攻して、併合を図るとしたら、TSMCの半導体先端プロセスおよび生産ラインはすべて中国のものになってしまう。そのためのリスクヘッジが必要になる。

 米バイデン政権は中国封じ込めのために、チップ4に続いて、先端半導体およびその製造装置、製造材料などを一切中国に渡さないというある種の暴挙に打って出た。もちろん、反発する向きも多い。

 データセンターや生成AIなどで大活躍する米国のエヌビディアをはじめ、シリコンバレーの半導体企業は規制について、批判的な意見を述べる人が多くなってきた。とりわけエヌビディアは、中国の百度、バイトダンス、アリババから生成AIシステム構築に向けて50億ドル相当の半導体を受注しているとされる。現状において、半導体の世界シェアで50%以上を持つ米国にとって、中国はとてもとても大切なお客様なのである。

半導体設備の確保が今や各国にとって重要事になっている。
半導体設備の確保が今や各国にとって
重要事になっている。
 政治決着という言葉があるが、実際の経済や最新技術は、政治の言うままには動かないのが歴史というものだ。バイデン大統領が次の選挙で当選しなければ、こうした施策は影を潜めてしまう可能性もある。ただ中国は、こうしたバイデンの強硬策に対して、自国内の半導体企業や製造装置各社の非先端分野の技術開発に注力している。そして、半導体製造装置は70%を超える自給率目標を掲げているが、装置業界のトップに聞いたところ、「まったくもってこれはありえねえ。まずもってできるわけがない」としていた。

 しかし、中国SMEEは、2023年末に中国初の国産28nmプロセス対応のArF液浸露光装置を発売する予定だ。すでに90~110nmプロセス帯のArFドライ露光装置、280nmプロセス対応のi線露光装置が中国国内で販売されている。この分野で先行する日本のキヤノンやニコン、オランダのASMLとの差が徐々に縮まる可能性があるために、これまたバイデン戦略はいかがなものかという見方をする人もいる。つまりは、中国が最先端半導体を諦めて、ミドルレンジ、ローエンドにシフトして世界シェアを獲りに行く戦略に出れば、あらゆるところに影響が出てくる。

 一方で、連続赤字で苦しみ、もはや神話は終わったと言われるソフトバンクグループの孫正義氏は、傘下に収めている英国のアームの一刻も早いIPO、または売却を考えているという。IPOの場合、上場時の時価総額は600億ドルを目指すという。日本のソフトバンクグループの行く末も、英国の半導体IPカンパニーであるアームに握られていると言ってよいだろう。

 22年に日本国内の半導体販売ランキングで第1位にランクされたルネサス エレクトロニクスは、フランスのシーカンスというファブレスカンパニーにTOBを年内に実施するという。取得額は280億円、5G対応、IoT分野の強化を狙っている。ルネサスのM&Aの狙いは、得意とするマイコンをコアにした新製品群を構築することにあるが、ひたすら外国勢を買いあさる姿はあさましいという方々もいるのである。

 話は戻るが、仮に中国が台湾に武力侵攻したとしてもTSMCを上回るプロセスを確立してしまえば、中国もさすがに手が出ない。そのカギを握るのがラピダスの新工場だという見方がある。ラピダスはまず2nmプロセスの構築を目指しているが、その先に1.4nmプロセスの構築も見据えている。台湾本土のTSMCの2nmプロセスを手に入れても、ラピダスが1nm台で世界最先行すれば、IBMの技術を送り込んでいる米国としては「別にちっとも痛くないもんね」と言ってのけるのかもしれない。ただし、ラピダスが1nm台の量産プロセスを早期に構築できるか、疑問視する意見も多いが、ラピダスの東会長は「な~に、やってみせるさ」と歯牙にもかけないのである。

 暑気払いに、人でごった返す上野のアメ横の屋台店でビールをがぶ飲みしながら、「半導体の地政学」という真夏の夜の夢を見ている泉谷クンのたわごとでありました。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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