電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第403回

映画『ハドソン川の奇跡』が物語る人間力の強さ


~半導体と共存していく未来社会には困難な問題が横たわる~

2020/10/9

 クリント・イーストウッドの映画なら、まずもってほとんどは観ている。これだけ当たりはずれのない監督も珍しい。90歳を迎えるというのに、そのパワーは衰えない。役者としてすごい時代を築くとともに、アカデミー監督賞を2回も受賞していることには驚かされるばかりだ。

 2016年に制作された『ハドソン川の奇跡』は、監督クリント・イーストウッド、そして何と、こちらもアカデミー賞主演男優賞を2年連続受賞という名優、トム・ハンクスが主役であるからして、見逃せないものであった。物語は、空港を飛び立った飛行機が、多くの鳥の襲来を受けて両翼が動かなくなるというパニックに陥り、ベテランの機長のサプライズな判断により、ハドソン川に不時着し、すべての乗客の命を救うという実話ものである。

飛行機はいつもスリリングです!
飛行機はいつもスリリングです!
 ハラハラドキドキという内容であるが、この映画の核心は、英雄的行為で全乗客を救った年老いた機長(これがトム・ハンクス)が、「不時着ではなく、他の空港に行くか、元の空港に引き返すことができたはずである」との調査委員会の結果で追いつめられることだろう。すなわち、英雄が一瞬にして業務上の過失を犯したと疑われてしまうのだ。

 調査委員会は、コンピューターのデータをすべて分析した結果として、機長は空港に引き返すことができた、と決めつけていく。ところが機長は、最終的な調査委員会の席上で、堂々と論陣を張って、自分の正しさを証明していく。

 コンピューターの判断では、すぐに引き返すという指令は出せたはず、と決めつけられる。「それはあらかじめ決められた結果があってのことであり、人間の持つ瞬間的なタイミングの計り方を考慮していない」と機長は反駁する。すなわち、鳥の襲来で全く機能不全になった状況において、機長は多くの判断を迫られることになる。コックピット上にあるあらゆる数字はもちろん見ている。管制塔からの指令も聞いている。しかして、飛行機に乗っている人にしか分からないアナログ的な状況も考えなければならない。気流の様子や天候、さらには長年の操縦による経験の積み重ねから、何が正しいのかを導き出す。

 そして、突発的な事故が起きてから35秒間は考える時間が必要であり、その上でミラクルの不時着をやってのけるのであるが、半導体が絶対の存在であるコンピューターには、この35秒という時間のタイミングをどうしても考慮することができない。

 シミュレーション画像によって分かったことは、この考慮する35秒間を要素に加えれば、元の空港に引き返すなり、他の空港に行くなりすれば、確実に墜落したことがはっきりと証明される。人間力がコンピューターに勝つという素晴らしいドラマがそこにはあったのだ。深く深く沈みこむような静かな感動が最後にやってくる映画であった。

 スタンリー・キューブリックという映画監督は、『2021年宇宙の旅』という映画において、人工知能が誤った判断をすることによる恐ろしさを描いて、これまた評判になった。今日にあって人類は、スマホ、タブレット、パソコン、その他各種端末、通信機器、家電などに囲まれており、そこに搭載されている多くの半導体と共存し、共生している。さあ、難しい時代になったものだ。半導体の誤作動による過失であることをいくらアピールしても、人間がコンピューティングによって裁かれてしまうという悲劇は、これからもやってくるだろう。

 周防正行という人の作った映画では、痴漢していないのに冤罪で捕まった人がいかに哀れであるかを描いている。筆者も時々は、超混み合う東海道線の中で、女性の悲鳴をよく聞くことがある。「何やってんのよ、あなたは。警察に訴えるわよ」という女性の怒鳴り声に対し、気の弱そうな男がか細い声で、「俺はやってないんだ。信じてくれ」というものの、周りの乗客から頭をどつかれ、足を蹴られ、ボコボコにされて鉄道公安に捕まっていく姿を3回見た。

 痴漢による冤罪ほど恐ろしいものはない。少なくとも、筆者はそうしたシーンを3回見ているが、いずれも無罪であったのだ。「この人はやっていませんよ」と何回も叫んだのであるが、民衆たちの怒号にかき消され、哀れにもその無罪の男たちは皆、捕まってしまった。

 それはともかく、21世紀の社会にあっては、書かれたデータが勝手に書き換えられてしまうということは、年がら年中あるのだ。やっていないことをやった、と断定するAIが次々と出てきたら、この世の中はどうなってしまうのだろう。半導体は、時間と空間を飛び越えて、人類に豊かな宝物をくれたわけであるが、その半導体に人間が支配される日が来ないことをひたすら祈っている。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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