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第26回

二酸化炭素は邪魔者か?


うまく使えば役に立つ、究極は人工光合成の実現

2013/12/27

 温室効果ガス、なかでも二酸化炭素の排出削減が叫ばれて久しい。もちろん、二酸化炭素はそれ自体は無害な気体である。問題となっているのは、温室効果ガスとしての側面を兼ね備えていることだ。二酸化炭素が増えて、温室効果が増大するとどうなるか。地球温暖化である。「地球が暖かくなって何が悪い」と言いたくなるが、氷解による海面水位の上昇、病原菌や害虫の繁殖、豪雨、洪水、干ばつ、寒波、熱波などなど、何かと都合の悪いことが起こるらしい。ちなみに、大気が二酸化炭素だらけの金星は地表温度が400~500℃に達するというから、恐るべし温室効果である。もちろん、太陽からの距離、さらには大気圧が金星と大きく異なる地球が、このような地獄絵図を見る可能性は低いとは思うが、放置し続けるにはリスクが大きい(と世界の偉い人達は考えている)。

 では、なぜ大気中の二酸化炭素が増えたのか。それはもう、人間が余計なことをしたからである。二酸化炭素は生物が呼吸することで大気中に放出される。しかし、植物は光合成により、二酸化炭素を酸素に変換し、再び大気中に戻す。普通はこの自然界のバランスが維持されるはずだが、オッチョコチョイな人間は、地中深く眠っていた炭素(化石燃料)を掘り出し、それを燃焼することで、膨大な二酸化炭素を大気中に放出し始めた。温室効果ガス世界資料センター(WDCGG)の解析によると、2012年における世界の二酸化炭素の平均濃度は393.1ppmで、11年比では2.2ppmの増加となっている。産業革命以前の平均値(278ppm)と比較すると41%も増えている。


 そうは言っても、出てしまったものはどうしようもない。とりあえず、今できることは、これ以上、二酸化炭素を排出しないことだ。もちろん、これは世界規模で取り組む必要がある。ということで、COPと称する会合を毎年開催し、「ワシはこれだけ削減するから、アンタはこれだけ削減しなはれ」と話し合っているわけだが、もう20回近く開催している割には、大した成果は出ていない。

 先に開催されたCOP19(ポーランド・ワルシャワ、2013年11月)では、「二酸化炭素の削減目標が低すぎる」ということで、我が国は各国から集中砲火を浴びた。日本が示した目標値は、「原発抜きで2020年に2005年比3.8%削減」というものだが、1990年比では逆に3%増になるため、「オマエはやる気があるのか」と、こっぴどく怒られたわけだ。もっとも、2012年の二酸化炭素排出量全体に占める国別割合を見ると、トップの中国が29%、第2位の米国が15%で、日本は4%である。誰が率先して削減する必要があるかは言わなくても分かるだろう。それはともかく、日本がなぜ低い目標しか打ち出せないかというと、国内の原発がほとんど稼働していないからである。ある人に言わせると、「日本の原発は、発電よりも検査が目的と思えるほど、とにかく定期検査が多い」らしいが、それほど検査をしていながら、フクシマでは簡単にメルトダウンしたわけだから、一体何を検査していたのか分からない。

拡散する前に地中に戻す

 出してしまった二酸化炭素はどうしようもないが、新たに排出される二酸化炭素の増加を食い止める方法がないわけではない。その1つが、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)と呼ばれる方法だ。これは、工場や発電所などの排ガスから二酸化炭素を分離・回収して地中深く閉じ込める技術である。具体的には、排ガス中の二酸化炭素を吸収液(アミン溶液など)に溶かして分離し、その後、加熱して二酸化炭素のみを回収する。この技術はすでに工業的に確立されている。さらに、回収した二酸化炭素は、地下1000~3000mの貯留層(上部に遮蔽層があるのが条件)に圧入して貯留する。貯留層は細かい穴が空いた砂岩など、遮蔽層は粘土などが固まった泥岩が適している。もともと二酸化炭素は地中にあったものなので、これを元の鞘に収めれば万事解決というわけだ。貯留した二酸化炭素は、1000年間安定して貯留層にとどまることがシミュレーションで確認できている。

 実は、海外ではすでにCCSの実用化が始まっている。ノルウェー(1996年~)、カナダ(2000年~)、アルジェリア(2004年~)では、年間圧入量100万t規模のCCSが稼働している。一方、我が国でも、1990年代に油田跡地に二酸化炭素を貯留した経験があり、2000年には、新潟・長岡で圧入量年間1万tのCCSが建設された。そして現在、北海道・苫小牧で10万t規模のCCSプロジェクトが進行中だ。

 苫小牧でCCSプロジェクトを実施する日本CCS調査(東京都千代田区)は、電力、ガス、石油、商社などが出資して2008年に設立された。CCSプロジェクトを後押しする経済産業省は、CCSの候補地を全国115カ所から3カ所に絞り込み、最終的には苫小牧で実施することを決定した。すでに現地調査は終了しており、2014年から地上設備の建設や井戸の掘削を開始し、2016年春から注入を開始する。同施設では、出光興産の水素製造設備から出る二酸化炭素を貯留する予定である。

苫小牧CCS実証プロジェクトの概要(日本CCS調査)
苫小牧CCS実証プロジェクトの概要(日本CCS調査)

二酸化炭素を積極的に利用する

 先に述べたように、二酸化炭素削減の対応としては、まずは排出を抑制することが重要である。もちろん、二酸化炭素の排出自体をゼロにできればベストだが、CCSのように、大気中に拡散する前に回収・貯留できれば、ある程度は排出を抑制できる。もう少し踏み込んだ対処法として、二酸化炭素を何かに利用するという方法がある。これには2つのアプローチがある。1つがプロセッシングへの応用、もう1つが合成原料としての利用である。

 物質は、温度と圧力がともに臨界点以上に達すると、液体でも気体でもない状態になる。この状態が超臨界流体と呼ばれるものだ。なかでも、比較的マイルドな条件で超臨界に達する二酸化炭素は、溶媒や洗浄といったプロセッシングへの利用が期待されている。例えば、水素吸蔵材料である有機ハイドライド(環状飽和炭化水素)の高速生成プロセスに超臨界二酸化炭素を利用する研究が進んでいる。また、超臨界二酸化炭素をドライクリーニングのような洗浄に利用することもできる。現在、ドライクリーニングで使用されているパークロロエチレンや石油系溶剤を代替することで、安全なクリーニング技術が確立できる。超臨界二酸化炭素の利点は、洗浄後に反応器内を常圧に戻せば二酸化炭素が自然に気体に戻るため、乾燥の必要がないことだ。さらに、高圧プロセスなので減菌効果も高い。


 二酸化炭素を原料に有機物を生成するプロセスは、すでに植物が光合成というかたちで何十億年も前からやっていることだが、これを人間が真似るのは、実は大変難しい。ただ、近年では、二酸化炭素を原料に用いた有機物合成の工業化が一部で始まっている。例えば、旭化成は、独自に開発した合成技術「旭化成法」を活用して、10年前から二酸化炭素を原料に用いたポリカーボネートの生産に取り組んでいる。

 ポリカーボネートは従来、原料に毒性の強い塩化カルボニル、溶媒に発がん性が指摘される塩化メチレンを用いた「ホスゲン法」と呼ばれる製法で製造されているが、旭化成では、二酸化炭素とエチレンオキシド、ビスフェノール-Aという3つの原料から、ポリカーボネートとエチレングリコールという2つの製品を生み出す製造プロセスを確立した。非ホスゲン法によるポリカーボネートの製造は長年、工業化が難しいとされてきたが、旭化成は、モノマー製造およびポリマー製造における3つのブレークスルーで工業化を果たした。現在、台湾、韓国、サウジアラビア、ロシアの4カ国(5拠点)において、年間66万t規模で生産している。


 二酸化炭素の究極の活用法はズバリ、人工光合成である。人工光合成のプロ(という言い方も変だが)である植物は、太陽光、水、二酸化炭素から、酸素と糖を作り出す。化学式だけを見れば簡単だが、実際の反応過程は結構複雑だ。繰り返すが、これをそのまま真似るのは現状では困難だし、また、その必要もない。要は、太陽エネルギーと二酸化炭素を使って、何らかの有機物が合成できればいい。そして、すでに自動車業界では、こうした取り組みが始まっている。

 2013年6月、ドイツのAudiは「e-gas」と称する自動車用燃料の精製工場の稼働を開始したことを明らかにした。「e-gas」とは、水と二酸化炭素から生成する化学合成メタンガスのことだ。必要な電力は太陽光発電で発電する。まずは太陽光の電気を使って水を電気分解し、酸素と水素に分離する。次に分離した水素と二酸化炭素を反応させ化学合成メタンガスを合成する。合成したメタンガス「e-gas」は天然ガスと同じ成分のため、既存の天然ガス供給ネットワークを利用できるという。

 「e-gas」の生産能力は年間1000tで、原料の二酸化炭素は約2800t使用する。この二酸化炭素の量は22万4000本のブナの木が1年間かけて吸収する量に相当するという。「e-gas」を燃料とする「Audi A3 Sportback g-tron」の平均燃費は28.57km/kg。走行時に排出される二酸化炭素は「e-gas」の精製時に使用する量と相殺できるため、カーボンニュートラルが実現できる。さらに、Audiでは、米ニューメキシコ州にある研究拠点において、水、太陽光、二酸化炭素、微生物を利用した自動車燃料(エタノール、ディーゼル)の開発を進めている。

 我が国でも、豊田中央研究所やパナソニックが人工光合成の開発に成功したことを報告している。パナソニックでは、独自に開発した人工光合成システムで有機物(ギ酸)の生成収率0.2%(一般的な植物と同程度の能力)を達成したことを発表(2012年7月)した。また、先に開催されたエコプロダクツ2013(東京ビッグサイト)の会場では、試作した人工光合成装置を初めて一般公開した。同装置では、ギ酸だけでなく、メタン、さらにはエタノールの合成も可能だという。ちなみに、メタンの収率は今のところ0.04%程度だが、今後、ギ酸と同程度の収率を目指すとしている。

 パナソニックの人工光合成装置は、水を分解するセルと、有機物を合成するセルの2つに分かれている。まずは、水中の光触媒に太陽光を照射(10倍程度に集光)することで水素と酸素を発生(水の電気分解)させる。この時、電子も発生するが、これは二酸化炭素の還元に必要なエネルギーになる。光触媒としては酸化チタンが有名だが、実は酸化チタンでは、二酸化炭素の還元に必要なエネルギーを作ることができない。試行錯誤の後、パナソニックが着目したのがGaN(窒化ガリウム)である。GaNを光触媒とすることで、二酸化炭素の還元に必要な十分なエネルギーを得ることができた。水の電気分解で発生した水素イオンは、イオン交換膜を通って、隣の炭酸水に沈めた金属触媒に向かう。そして、この金属触媒上で電子と水素イオン、二酸化炭素が反応し、有機物が合成される。二酸化炭素を効率よく還元するには、金属触媒の選定も重要となる。還元反応を促進しつつ、余計な水素を発生させない材料選定がカギを握る。同社では、ギ酸の生成にはIn系の金属触媒、メタンの生成にはCu系の金属触媒を使っている。

人工光合成の仕組み(パナソニック)
人工光合成の仕組み(パナソニック)

試作した人工光合成装置(パナソニック)
試作した人工光合成装置(パナソニック)

 人工光合成で作るエタノールは、二酸化炭素を削減しつつ、化石燃料を補完するエネルギーとして有望だ。現状、人工光合成装置で合成できるエタノールの量はわずかだが、将来的に生成効率が向上すれば、実用化も視野に入ってくる。例えば、トウモロコシを原料としたバイオエタノールの場合、1haの耕作面積での年間生産量は5000Lと言われているが、同じ面積で人工光合成装置を使った場合、6000L(ドラム缶30本分)の合成が可能、とパナソニックでは試算している。

半導体産業新聞 編集部 記者 松永新吾

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