電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第88回

有機ELの国産化が見えてきた


JOLEDとTADFに期待大

2015/3/20

 「国内に顧客がいない状況で、開発のモチベーションを保つのは難しい」。これは数年前、ある有機EL材料メーカーに取材した際にエンジニアがポツリと漏らした言葉だ。この言葉が物語るとおり、日本は長らく有機ELディスプレーの開発に取り組みながら、大規模量産にはついぞ踏み切らなかった。かつては三洋電機とイーストマン・コダックの合弁会社「エスケイ・ディスプレイ」が設立され、少量生産にまでこぎ着け、いよいよ本格量産かというところにまで事業化を進めたものの、頓挫した。3社はもう、この世に存在しない。結局のところ、大規模量産と事業化は、圧倒的な資本投下とスマートフォン&タブレットという搭載アプリケーションを自社で用意できた韓国サムスン電子が担い、ほぼ1社で有機EL市場を創出した。現在日本で有機ELディスプレーを事業と呼べる規模で展開できているのは、ソニーのプロフェッショナル用マスターモニターのみである。

 だが、ようやく、本当にようやくにして、日本でも有機ELディスプレーの事業化に新たな展望が拓けてきた。そこで注目されるのは、ディスプレーの事業会社として1月に立ち上がった「(株)JOLED(ジェイオーレッド)」、そして第3世代の有機EL材料として期待を集めている「熱活性化遅延(TADF)材料」である。直近の有機ELディスプレーは、高精細化や色域の改善が加速している液晶に押され、王者サムスンといえども決して楽な事業環境にはない。だが、両者の今後の事業展開とその成功が、将来の日本の有機EL産業の成長、もっと誇張して言えば、有機ELディスプレーの既存要素技術を新しく塗り替えてしまう存在になりうると筆者は考えている。

JOLEDは印刷成膜と酸化物で差別化

 JOLEDは、(株)ジャパンディスプレイ(JDI)、ソニー(株)、パナソニック(株)の有機EL研究開発機能を統合し、(株)産業革新機構(INCJ)が出資して設立された。資本金は81億円。INCJが75%、JDIが15%、ソニーとパナソニックが5%ずつを出資した。従業員は約260人。社長には液晶検査装置メーカーの日本オルボテックで会長を務めた東入来信博氏が就任した。ソニー厚木テック内に「厚木技術開発センター」、パナソニックAVCネットワークス社京都地区内に「京都技術開発センター」を設置している。タブレットやノートPCに搭載される10インチ以上の中型ディスプレーの事業化を狙う。

 先行する有機ELディスプレーメーカーとJOLEDが異なるのは、ディスプレーの量産技術だ。JOLEDは、有機EL層の成膜に印刷法、これを駆動するバックプレーンに酸化物TFTを用いる計画である。

 現在、有機ELディスプレーを量産しているメーカーは、ほぼすべて成膜技術に真空蒸着を用いている。サムスンは蒸着+マスクを用いたRGB塗り分け方式、LGは蒸着でRGBをベタ塗りして白色発光させるWOLED方式+カラーフィルターを採用している。真空蒸着は確かに現状でもっとも精度が高い成膜法だが、高価な有機材料の利用効率の低さがかねて指摘されている。サムスンはFMM(Fine Metal Mask)とペンタイル技術で疑似フルHDの解像度を実現しているが、成膜プロセス温度でマスクの熱膨張を制御するのが難しく、すでに液晶が実現しているWQHD以上への高解像度化に苦戦している。

ジェイオーレッドの概要
ジェイオーレッドの概要

 現在までのところ、JOLEDは印刷法にどの技術を採用するのか明らかにしていない。ちなみに、パナソニックはインクジェット、ソニーはオフセット印刷やレーザー転写といった技術を開発していた。筆者は、パナソニックの技術をベースにしたインクジェットを採用するとみている。印刷法はRGBを任意の位置に高スループットで配置できるが、インクジェットの場合は吐出量や吐出角、着弾位置などの制御が難しいとされる。インクジェット成膜装置としては、すでに東京エレクトロンがセイコーエプソンの技術を活用して開発した「Elius2500」があるほか、米Kateevaが主に膜封止用に「YIELDjet Flex」を発表している。いずれにせよ、発光層の成膜に印刷法を採用できれば、先行メーカーよりも高い生産性を実現することが期待できる。

 酸化物TFTは、すでにシャープが「IGZO」として商品化しているほか、LGが有機ELテレビのバックプレーンおよびAppleの高精細モニター用に量産している。JOLEDは、TAOS(透明アモルファス酸化物半導体)で独自の材料組成を検討しており、ここでの差別化もパネルの性能やコストに大きく影響するだろう。

 事業化に向けたスケジュールだが、当面は中小型ディスプレー用の試作ラインがある京都技術開発センターでプロセスを検証し、16年内に小規模生産ラインを立ち上げる。小規模生産ラインへの投資判断を15年夏までに実施する方針。小規模生産ラインはJDIの既存工場内に整備する見通しであり、これを受けて17~18年に本格的な量産ラインを構築する計画だ。

TADFは組成が異なる新材料

 TADFは、九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)の安達千波矢主幹教授が開発した新材料だ。一般的に、蛍光材料が第1世代、燐光材料が第2世代と呼ばれるのに対し、TADFは第3世代の発光材料と呼ばれる。すでに有機ELディスプレーに量産採用されている蛍光材料あるいは燐光材料では、前者は25%の一重項励起子しか光へ変換できず、後者は100%近い内部量子効率が実現できるものの、希少金属元素を用いるため高価になる、という課題がある。これに対してTADFは、電子とホールの再結合による励起子生成過程で生成される一重項励起子と三重項励起子をすべて利用する。つまり、一重項と三重項のエネルギー差が極めて小さい材料を開発し、これをすべて発光に活用することで、希少金属を使わずに発光効率100%が実現できるという優れものである。

TADFの発光メカニズム
TADFの発光メカニズム

 OPERAの安達千波矢教授らの研究グループは14年3月、TADFを利用した高効率かつ小さなロールオフ特性を示す青色発光有機EL素子の開発に成功した。グループでは、エネルギーギャップを小さくしつつ、電子ドナー―アクセプター分子間のねじれ構造を大きくして電子間の相互作用を小さく抑制するなどし、青色のTADFを開発。これを用いて有機EL素子の評価を行った結果、最大外部量子効率が19.5%に達する高効率EL発光を示し、高電流密度領域でもロールオフが小さいことを明らかにした。

 また、同グループは14年6月、内部EL量子効率100%の蛍光材料を発光材料とした有機EL素子の開発に成功した。発光層中にTADF材料をアシストドーパントとしてドーピングして実現した。蛍光発光材料を用いた有機EL素子中にTADF材料をアシストドーパントとして分散させ、電気励起下でTADF分子上にて生成された三重項励起子と一重項励起子をすべて蛍光分子にエネルギー移動させることが可能になり、100%の効率で発光を得た。電気化学的に高い安定性を持つ蛍光分子を用いるため、素子の駆動耐久性も著しく向上できたという。

 こうした発表に見られるように、TADFは発光材料としても、発光材料のアシストドーパントとしても利用できる。周知のとおり、有機EL発光材料では青色の性能向上が難航しており、既存の青色発光材料は効率が低く寿命が短い。だからこそ、サムスンはペンタイルで青色の発光領域を大きく取るという構造を仕方なく採用している。現状で最も材料の安定性が高く、かつ寿命も長い蛍光材料を発光効率100%で活用できることになれば、TADFは有機ELディスプレーにとって不可欠な材料になる。しかも、TADFは「蒸着だけでなく塗布でも成膜することができる」(OPERA TADF研究開発室長の山本富士雄氏)ため、製造プロセスを選ばないのだ。

 TADFの基本的なRGB材料の設計指針は完成しているが、耐久性の確認や改良、他の周辺材料との組み合わせといった評価はこれからが本番。OPERAでは実用化の時期を17~18年と定め、実用化への開発を加速していく方針。OPERAらは現在、TADFの事業化を手がけるベンチャー企業の設立を準備しており、この企業の成否にニッポン有機EL材料技術の未来がかかっているといっても過言ではない。

ベンチマークはUDC

 TADFベンチャーがベンチマークとする企業があるとすれば、それは間違いなく米ユニバーサルディスプレイコーポレーション(UDC)だろう。UDCは燐光材料に関する幅広い特許を持つ最大手の燐光材料メーカーで、有機ELディスプレー市場の拡大を着実に収益に結びつけてきた。09年(1~12月期)の売上高はわずか1500万ドル強、その年の営業収支は売上高を上回る2000万ドルの赤字であった。だが、14年の実績は、売上高が1.9億ドル、営業利益は5800万ドル(営業利益率30.7%)まで急拡大。ここ6年で売り上げを12倍に増やし、14年はサムスンから年間5000万ドルのロイヤルティー収入を得た。15年中にはLGディスプレーからもロイヤルティーを得るようになる見通しだ。

UDCの年間業績
UDCの年間業績

 現在の有機ELディスプレーは、赤色と緑色に発光効率が高い燐光材料を用い、性能の良い燐光材料がない青色だけに蛍光材料を用いるというハイブリッドで発光層を形成しているケースが多い。こうした背景により、UDCは中国最大手のパネルメーカーBOE、欧州で有機EL照明パネルの開発を進めるフィリップス、高分子有機EL材料大手の住友化学、Apple Watchにフレキシブル有機ELディスプレーを供給し始めたLGディスプレー、米国唯一の有機EL照明パネルメーカーOLEDWorksなどとライセンス契約や材料供給契約を結び、15年は売上高2億ドルを展望するところまで成長した。

 このUDC、実はファブレス企業である。材料の生産は米PPGインダストリーズに独占的に委託しており、需要増を受けたPPGは13年にオハイオ州バーバートン工場内に材料を製造する新棟を稼働させている(ただし、UDCと特許で争っていた韓国の徳山ハイメタルにもホスト材料の一部を生産委託している)。研究開発型ファブレス企業としてライセンス契約やロイヤルティー収入で事業を回していくというスタイルはいかにも欧米企業らしく、言い換えれば、日本企業が不得手な企業形態なのかもしれないが、TADFの新規性と将来性を考えると、10年後には日本発の巨大有機EL材料メーカーが誕生しているという夢を抱かずにはいられないのだ。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏

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