JPI(日本計画研究所)主催の特別セミナーにおいて、学校法人北里研究所 理事長の藤井清孝氏は、「100周年を迎えた北里研究所―未来に対するビジョンと設備の取り組み―」と題して講演を行った。本紙では、3回にわたりその様子を紹介する。
藤井氏はまず、「北里研究所は、100年以上前から日本の感染症制御に向けて取り組んできた。今後も日本のために貢献し、また、若い世代に伝えていきたい」と前置きし、学祖である北里柴三郎博士の生涯および業績、北里研究所の歴史と現在の組織・施設を説明し、今後のビジョンを示した。
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◆独でコッホに師事、破傷風菌の純培養に成功
北里柴三郎博士は、1853年に現在の熊本県阿蘇郡小国町で生まれ、1871年に熊本医学校に入学し、オランダ人医師のマンスフェルトの指導を受け、医学の道を志した。1875年に東京医学校に入学、在学中「医者の使命は病気を予防することにある」と確信し、医道論を説き、予防医学を生涯の仕事にすることを決意。その後、1883年から内務省衛生局に勤務した。
1886年から6年間にわたりドイツに留学し、ローベルト・コッホに師事して研究に打ち込む。1889年には破傷風菌の純培養に成功、血清療法を確立したことで、世界中を驚かせた。
1892年に帰国し、福沢諭吉らの支援を得て私立伝染病研究所を創立。翌1893年、わが国初の結核治療専門病院の土筆ケ岡養生園(北里研究所病院の前身)を設立し、結核予防と治療に尽力した。
私立伝染病研究所は、1899年に国立(内務省)に移管され、さらに、1914年に文部省に移管されたことを契機に所長を辞任し、直ちに私立北里研究所を設立した。伝染病研究所はその後、1916年に東京(帝国)大学附置伝染病研究所、1967年に現在の東京大学医科学研究所となる。
◆北里研究所創立50周年記念で北里大学が開学
北里博士は、慶應義塾大学医学科の創設に尽力し、1917年の発足とともに初代科長に就任、同医学科は1919年に慶應義塾大学医学部となった。北里研究所は1918年に社団法人北里研究所となり、北里博士の1931年の逝去に伴い、土筆ケ岡養生園は北里研究所附属病院に統合された。
北里研究所の創立50周年記念事業として、(学)北里学園北里大学が1962年に開学、2008年には北里研究所と北里学園が法人統合され、(学)北里研究所となる。
◆北里研究所は傑出した門下生を輩出
北里研究所では、ハブ毒の血清療法を確立した北島多一、赤痢菌発見の志賀潔、サルヴァルサン(梅毒特効薬)を創製した秦佐八郎、寄生虫研究の権威である宮島幹之助の四天王と呼ばれる門下生を輩出したほか、梅毒や黄熱病の研究で有名な野口英世も一時、在籍していた。
◆建学精神「開拓、報恩、叡智と実践、不撓不屈」
北里博士は学生時代に医道論『予防医学』を著し、生命科学の端緒を拓き、実学の志を持って社会に報いた。「終始一貫」を座右の銘とし、感染制御、ワクチン開発など「予防医学」に徹した。これらの生き方の指針は、北里大学の建学の精神「開拓、報恩、叡智と実践、不撓不屈」へとつながっていく。
◆年間事業規模1000億円、6割が4病院から
(学)北里研究所は2014年5月現在、教員数1608人、職員数4200人の計5808人、学生数は薬学部1699人、獣医学部1764人、医学部733人、海洋生命科学部790人、看護学部467人、理学部901人、医療衛生学部1663人、7つの研究科554人、保健衛生専門学院899人、看護専門学校127人の計9597人。年間収支予算は約1000億円にのぼり、このうちの6割が病院からの収入である。
病院は、北里大学病院(1033床、職員数1885人)、東病院(397床、575人)、北里研究所病院(329床、646人)、北里大学メディカルセンター(372床、588人)がある。
校地面積は1202万1026m²にのぼり、北海道二海郡八雲町の八雲牧場(獣医学部附属フィールドサイエンスセンター)、青森県十和田市の十和田キャンパス(獣医学部、獣医学系研究科)、岩手県大船渡市の三陸臨海教育研究センター(海洋生命科学部、感染制御研究機構 釜石研究所)、新潟県南魚沼市の新潟キャンパス(北里大学保健衛生専門学院)、埼玉県北本市の北本キャンパス(北里大学メディカルセンター、北里大学看護専門学校)、東京都港区の白金キャンパス(薬学部、薬学研究科、感染制御科学府、北里生命科学研究所、東洋医学総合研究所、北里大学北里研究所病院、北里柴三郎記念館、法人本部)、相模原市の相模原キャンパス(医学部、看護学部、理学部、医療衛生学部、一般教育部、海洋生命科学部、看護学研究科、理学研究科、医療系研究科、北里大学病院、北里大学東病院、北里大学臨床研究機構)を擁し、地方のキャンパスや施設は、その地域の教育・研究はもちろんのこと、文化的、経済的な活性化に寄与している。
◆多彩な研究所とワクチン工場を運営
附置研究所北里生命科学研究所(感染制御・免疫学部門、創薬科学部門、特別研究部門、研究推進センター)では、大村智博士が1979年に日本の土壌から見つけた放線菌の作る物質が動物の寄生虫に効果があることを発見し、この物質をもとに開発した薬剤がアフリカや中南米の風土病オンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア症など、複数の熱帯病の特効薬となり、数億人の人々を救っている。
附置研究所東洋医学総合研究所は、漢方・鍼灸治療を手がけており、藤井氏は、「中国の漢方は長期間にわたり進歩がなかった。今では、エビデンスがないと信用してもらえない」と、科学的な根拠に基づく東洋医学の確立、進化に努めている。
北本キャンパスには、KDSV(北里第一三共ワクチン(株))があり、A棟(鶏卵培養インフルエンザワクチン)に続き、13年7月に国の公募事業として整備したB棟(細胞培養新型インフルエンザワクチン)が竣工し、13年9月にC棟(DPT混合ワクチン、生ワクチン混合ワクチン、凍結乾燥ライン)の起工式を行った。
◆「北里大学は生命科学のフロンティアを目指す」
藤井氏は、北里の特色として、自称「生命科学のパイオニア」として、農医連携、チーム医療教育に取り組む。八雲牧場では草熟牛を育てながら、そのビーフカレーや牛肉缶詰といった商品を提供、北里大学メディカルセンターでのアニマルセラピーの取り組みなどを紹介した。
「北里大学は生命科学のフロンティアを目指す」方針であり、7つの学部と2つの専門学校が生命科学領域の教育・研究を実践している。
◆チーム医療に先鞭、治験と創薬は国内トップ
さらに、教育・研究の特色創出と社会貢献を志向した4つの柱として、チーム医療教育の展開(薬学部、医学部、看護学部、医療衛生学部、保健衛生専門学院、看護専門学校)、農医連携の教育・研究の取り組み(獣医学部、海洋生命科学部、薬学部、医学部、看護学部、医療衛生学部)、感染症分野の教育・研究の推進(感染制御研究機構、感染制御科学府、北里生命科学研究所)、治験を含めた臨床研究・創薬)を示し、「最近ではチーム医療を掲げているところがあるが、うちが元祖であり、ほとんどすべての医療系職種が揃っている。私が大学病院時代に提案し、学長が取り上げてチーム医療教育カリキュラムを作成してくれた」と紹介。農医連携や感染症においては人獣共通感染症や農薬に関しての研究も手がけ、また、治験と創薬の支援システムは国内トップレベルである。最近では理化学研究所と一緒になって取り組んでいる研究もあると説明し、「これからは日本トップレベルである治験と創薬支援システムを、海外へどう展開していくか」という今後の課題を示した。
(一部敬称略)