電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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TSMC米国進出に見る国際情勢


~米台の連携が中韓の協力を生む~

2020/6/12

 米中がハイテク分野で互いを激しく牽制しあうなか、板挟み状態にあった台湾TSMCがアリゾナ州に新工場の建設を決めた。

 この決断の背景には、ファブレスのクアルコムやエヌビディア、IT大手のアップルやグーグル、アマゾン、最近顧客に加わったインテルなど、米国企業はTSMCにとって非常に大きく重要な存在であること、ファンドリー事業のライバルである韓国サムスンがすでにオースチンに工場を持っていることへの対抗、そして、インテルのFab42があるアリゾナにはサプライチェーンが整っていること、などがある。

 米国政府は、中国との摩擦および新型コロナウイルスの感染拡大を通じて、改めて半導体産業の重要性を認識し、先ごろ360億ドル(約4兆円)の資金支援を行うことを決めた。半分は工場などハードの整備、残り半分は研究開発をサポートする予定という。こうした資金の一部はTSMCアリゾナ進出のインセンティブにも活用されるとみられ、進出を決断する一助になったようだ。

 さらに、インテルが持て余してきたFab42をTSMCが活用するのではないかとの見方も浮上している。TSMCにとっては米中ともに重要な顧客だが、いずれにせよ米国進出決定の背景には、TSMCにとって少なからぬメリットがあることは間違いない。

 台湾は「いつ中国に統合されてしまうのか」という不安を常に抱えてきた。かつて総統を務めた李登輝氏は「台湾に圧倒的な技術がなければ中国に統合されてしまう」という危機感を持って、TSMCを戦略的に育ててきたことを取材で語っている。現在の状況を鑑みれば、台湾の独立性を維持するうえでTSMCが極めて重要なカードになっている現状は、李氏の思惑どおりといえるだろう。

 TSMCにも弱点がないわけではない。中国最大のファンドリーであるSMICには、TSMC出身者が少なくとも300人以上いるといわれ、技術流出の懸念が常にある。南京に300mm工場を有しているが、技術流出に細心の注意を払いつつオペレーションしているようだ。

 米国からあの手この手の圧力をかけられている中国だが、今後は米国から金融面で圧力が強まると予想される。かつての日米貿易摩擦では、日本も同様の圧力を受けた。半導体技術については、長期間かけて自国で育てていかなければならなくなりつつあるが、イノベーションを加速するには海外の力をどうしても借りなければならない。

 そこで中国が食指を伸ばす相手は「韓国」になるとみている。サムスンやSKハイニックス、LGがすでに工場を中国に構えていることに加えて、中国企業の台頭でスマートフォンやテレビなどのシェアを近年落としていることを利用し、中国国内市場を優先的に韓国企業へ開放するといったインセンティブを与え、自陣へ引き込む戦略をとるのではないだろうか。

 韓国からすれば、昨年来の日韓問題を機に半導体装置・材料の国産化に注力しており、目指すところは中国と同じだ。そう遠くない将来にGDPで米国を抜くはずの中国市場は韓国にとって魅力的で、文在寅政権の政策も中国寄りだ。こうした政策に韓国企業が賛同するかにはいささか疑問符が付くが、コロナ対策で支持率を上げたことが政策運営をより進めやすくしたことは確かだ。

 一方、米中摩擦の間隙を縫って、インドも動き始めている。これまで半導体などハードウエアの製造に関しては本格的に育成してこなかったが、中国に対抗するため国産化に向けた様々な政策を繰り出そうとしており、ソフトウエア一本足からの脱却を図っていくとみられる。中国に匹敵する巨大な内需を抱えていることも大きな魅力だ。

 米中の板挟みで日本の立場も確かに厳しいが、大半の企業は政治とビジネスを分けて考え、米国とも中国ともビジネスを続けていく流れにある。インドも含めた各国とすべて友好的である日本にとって、現在の国際情勢はむしろチャンス。日本の生産性は他の先進国に比べて低く、ITの活用も上手ではなく、半導体技術も古くなりつつあるが、新型コロナ対策も含めて考えれば、体質を今後大きく変えていくきっかけになるはずだ。

 仮に、TSMCの米国進出が日本企業にも現地進出を迫るような展開になったとしても、イノベーションの近くにいられることを前向きにとらえ、効率や意識の向上につなげてほしい。現在の国際情勢は、それだけ大きな転換点に来ているのだと考えている。
(本稿は、南川明氏、前納秀樹氏へのインタビューをもとに編集長 津村明宏が構成した)




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