電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第48回

地下足袋の考案に始まるブリヂストンは、今や世界一のタイヤメーカー


~2050年見据えタイヤ原料の100%サステナブル化に取り組む~

2013/6/28

 ブリヂストンと聞けば、どうしても印象派絵画という連想が生まれてしまう。筆者は高校生のころに突然にして近代絵画史の研究に目覚め、一時期は凝りに凝ったものである。その最大の理由は、ルノワールの豊満な女体、ドガのいやらしい腰つきの踊り子、さらには「裸のマヤ」「ヴィーナスの誕生」などに取りつかれ、ためつすがめつ舐めるように眺め続けるという有様であった。

 東京駅八重洲近くのブリヂストン美術館は、高校生である筆者にとってはまさに黄金空間であった。印象派絵画を研究するとの大義名分で、ひたすら全裸の女性たちを大手を振って見られるのだから、こんなに嬉しいことはなかった。もっとも最近は、女性のヌード写真などは日常茶飯事であり、珍しくも何ともないだろう。しかし、1960年代後半にあっては、なかなか見ることのできないものであった。勇を鼓舞して週刊プレイボーイを買い、そのヌード写真を教室で見せびらかしていたら、担任の教師にいきなりぶん殴られたことも良く覚えている。

 筆者にとって、ブリヂストン美術館の印象があまりに強く、これを保有するブリヂストンがタイヤの会社であるとは、大学を出るまで実に気がつかなかった。ブリヂストンの創業者である石橋正二郎氏は、明治22年(1889年)2月に生まれ、久留米商業を卒業後、家業の着物の仕立て屋を切り盛りすることになる。その後、業務の一部としていた足袋製造業を専業とすることになり、貼り付け式ゴム底足袋、つまりは地下足袋を考案する。これが当たった。地下足袋は誰でも考えそうなことだが、実際に商業化したのは石橋正二郎だけなのだ。

 ところで、石橋という名を英語にし、これをひっくり返してブリッヂ+ストーン、だからブリヂストンという社名はあんまりだと思う。ただ、有名になってしまえば、その社名のいわれなどほとんど考える人はいない。ブリヂストンのゴム工業への参入は、昭和4年(1929年)にさかのぼる。翌年には初の純国産自動車用タイヤを完成させている。大金持ちで知られる鳩山ファミリーを仕切ってきた女丈夫もまた、ブリヂストン出身であることはよく知られている。

JR久留米駅前にあるブリヂストンの世界最大級のタイヤ
JR久留米駅前にある
ブリヂストンの世界最大級のタイヤ
 発祥の地である福岡県久留米のJR駅前に立てば、ブリヂストンの世界最大級のタイヤがモニュメントとして置かれている。実に直径4m、重さ約5tの建設・鉱山車両用タイヤであり、このクラスのものを作れるのは、世界広しといえどもブリヂストンただ1社しかない。最近ではシェールガスや天然ガス、石炭などの採掘に同社のタイヤが大活躍していると聞く。地下足袋から始まったブリヂストンは、今や世界のタイヤ市場15兆円の頂点に立っている。売り上げ規模は約3兆円で、タイヤにおける世界トップシェアを固めながらグローバリゼーションにも注力している。今春にはタイに建設・鉱山車両用ラジアルタイヤの新工場建設に踏み切り、2015年上期に生産開始を予定、最終的な生産能力は日量約85tを見込むというのだ。また、同社は太陽電池向けのEVAシートも得意としており、グローバル生産体制構築を進めている。

 技術開発においても、同社は常に世界の先頭を行くのだ。先ごろ、第63回自動車技術会賞を受賞したが、これまで時速5km以下の低速走行時にしか計測できなかったタイヤ接地面の挙動を、高速走行時まで高精度で計測することを可能にした技術なのだ。そしてまた、同社はグリーンニューディールの世界的な流れに対応すべく、次の挑戦を始めている。タイヤの主要な原材料植物であるゴムの木の代わりとして、天然ゴムを含む植物であるグアユールの品種改良、栽培技術、加工技術に取り組むことを決めたのだ。つまりは、2050年を見据えてタイヤの原料をすべて再生可能であり、環境に優しい100%サステナブルマテリアル化することに決めたのだ。

 久留米の地で生まれた石橋正二郎が起こした足袋の会社は、今や世界No.1のタイヤカンパニーに成長した。そしてまた、多くの美術品を収集し、東京および久留米に美術館を設け、文化貢献も果たしている。こうした偉大なブリヂストン創業者のことを久留米の地において、夜飲んだ折に街の人に聞いてみたが、あまり多く知らないと答える人が多かった。これはとても残念なことだ。久留米は松田聖子やチェッカーズを生み出した街として知られるが、一方で東芝の創業者である田中久重を生み出しており、ブリヂストン創業の地でもあり、もっと日本全国に情報宣伝活動をすべきだと考えた。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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