電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第432回

「悲しみ、苦しみは人生の花だ」という言葉に泣かされる


半導体を立ち上げた人たちの辛苦の上にかかった虹

2021/5/14

 緊急事態宣言が出されたゴールデンウィークは、ひたすら家に閉じこもっていた。コロナに感染することが怖かったからではない。かなりの長い年月を「半導体報道」に憂き身をやつしてきたわけだから、少しこの辺で振り返ってみたいと思ったからである。

 書庫を眺めれば、もうすでに故人になってしまった方々からいただいた本がいっぱいある。紐解く暇もなかったから、この際、読み込んでみようと思い、つい夢中になり、寝食を忘れるほどであった。半導体に賭けた人たちの物語は、一見して発明・発見の喜びに満ち溢れている。しかして、その陰に多くの辛苦が隠されている。

 具体的な名前は伏しておくが、世界ナンバー1の半導体メモリー工場を作ろうとしていた日本企業が、九州の地にどでかい工場を立ち上げていた。今から50年も前のことである。しかして、何をやっても、どれを取っても、はたまた頭脳の限りを尽くしても解決できないことがあった。それが歩留まりである。要するに、作れども作れども不良の山を築いていたのだ。この関係者に、かなり昔のことであるが、取材したことがある。その彼は興奮してこう言っていた。

 「とにかくクリーンルームの清浄度を上げるためには、どんなことでもやった。当時は、女子のオペレーターさんが多かったので、色んなことを調べさせていただき、変態扱いもされた。使っている化粧品のメークをピンセットで取らせてもらったりしていた時に、『あなたはかなりアブナイ人ね』という目線で見られた。クリーン服を脱いだり着たりする回数を数えるために、女子の場合は何回トイレに行くのかも聞いてみた」

 ああ、それにしても、このような恥ずかしき屈辱的なヒヤリングを重ねていくなかで、そのプロセスエンジニアは、ただ一筋に、高い歩留まりを出すことが一番大切と考えていたのだ。この辛苦の日々を誰かが書き残さなければならない、という気持ちになった。

 こうした半導体業界の裏話をいつか本にまとめてみようと思っている。また、こういう話もあった。それは、理論値的には絶対に高歩留まりを出せる設計であり、装置の状況であり、クリーンルームの状況であった。ところが、どうあっても、これまた不良の山なのであった。

 ある半導体工場での話である。エンジニアたちが集まり、数週間にわたり徹夜状態で調べ上げた。何回も実験を繰り返した。しかして、原因は分からない。絶望的になって、疲れ果て、眠り込んだその時、近くを通る鉄道からの音が聞こえてきた。エンジニアの1人が叫んだ。「これだ、これが原因なのだ。諸君、聞きたまえ。この高らかに響く鉄道を通る電車の音」もう1人のエンジニアは、電撃に打たれたように立ち上がった。そして、こう絶叫したのだ。「振動だ。揺れるんだ。それが歩留まりが出ない最大の理由だ」

 結果的には、鉄道の通るところの横に調整池を設けて、その振動を吸収することに成功する。今や微振動制御などはクリーンルーム技術の前提でもあり、極め尽されたテクノロジーなのであるが、この頃は振動と半導体の関係がまだ正確にはつかめていなかったのだ。

 ある時、雪の中に1人のプロセスエンジニアが立ち尽くしている。いくら考えても、血反吐の出るほど酒を飲んでも、何のアイデアも出てこない。デバイス構造を変えなければ、抜本的な解決はない。ところが思いつかない。もうこんなに苦しむくらいならば、会社を辞めてしまおう、とまで思い詰めた。その時、このエンジニアの目の前に、氷の柱が垂れ下がっていた。彼は叫んだのだ。この氷の柱と同じ構造のデバイスを作ればよい。これが真の解決法だ。

 小躍りするように会社にとって返して、急いでデバイスの構造図を作り上げる。苦しみに苦しんで、悩みに悩んで、その先の向こうにある氷の柱が七色の虹に染まった瞬間であった。

上野寛永寺の裏にある別院の書
上野寛永寺の裏にある別院の書
 さて、上野寛永寺の裏手にある別院のところに、作家の坂口安吾の書き残した書が展示してある。それは次のようなものだ。

 「悲しみ、苦しみは人生の花だ」


 太平洋戦争の敗戦ですさんでいた人たちの心に入ってきた文学は、無頼派と呼ばれる作家たちのものが多かった。太宰治の『人間失格』、檀一雄の『リツ子その愛』、織田作之助の『夫婦善哉』、そして坂口安吾の『堕落論』などである。

 とりわけ坂口安吾のシュピレヒコールとも言うべき言葉はすごかった。『堕落論』においては、落ちていくならばいつまでも落ちていけ、落ちぬいた先に見えてくるものがある。そういう言葉が焼け跡闇市に生きる人たちにとっては、希望の光であった。安吾の『日本文化私観』はもっと強烈だ。敗戦の中に立ち上がったバラック建ての小屋や、汚いトタン屋根を照らす夕焼けは、法隆寺の夕暮れよりも美しい。そこには生活があるから、という意味であった。

 とまあ、悲しむこともなく、苦しむこともなく、ただひらすら読書三昧に明け暮れた連休ではあったが、この安吾の言葉に救われて、朝から晩まで日本酒を飲み続け、家人には嫌われまくったのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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