電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第460回

TSMCの熊本新工場は、シリコン列島ニッポンの復活の象徴


半導体ファンドリーを日本に作ることの意味は非常に大きい

2021/12/3

 ついにというか、やはりというべきか、熊本県へのTSMCの進出が確定した。ソニーセミコンが約5億ドルを資本金として出資し、20%未満の株式を取得する。しかして、建物や設備などのすべての設備投資額は約70億ドルとなる見込みであり、これはTSMCが単独で行う予定となっている。デザインルールは22~28nmプロセスであり、車載向けおよびソニーのCMOSイメージセンサーに搭載する貼り合わせ用ロジックを量産すると見られている。月産能力は300mmウエハーで4万5000枚、約1500人の新たな人材雇用があるのだ。

台湾TSMCはソニー熊本TECの隣接に進出する
台湾TSMCはソニー熊本TECの隣接に進出する
 日本政府は、このTSMCの日本新工場に対して手厚い補助金を用意することになっている。経済安全保障上の重要性が増す半導体に対し政府は、7740億円の予算を計上している。国内生産拠点の確保に6170億円を充てるが、この第1号がTSMCなのである。研究開発分野は1100億円であり、ポスト5G対応の次世代半導体がターゲットとなる。生産設備の刷新には470億円を充て、老朽化している国内半導体工場の製造設備が対象となる。

 ちなみに、TSMCには4000億円、広島に拠点を持つマイクロンおよび、四日市や北上に工場を構える日本企業のキオクシアには2000億円を補助金として出すことも内定している。このことのもたらす意味は非常に大きい。日本政府は、異次元の半導体産業強化のための資金投入を断行すると言っている。金額は明らかにしていないが、国籍を問わず、国内に新増設される半導体工場に対する補助金額はトータルで3兆~5兆円は考えていると見られるのだ。

 これを聞きつけて、いくつかの動きが出てきた。たとえば、世界最大の半導体メーカーであるインテルが、一時期日本国内の進出を前提に新工場用地を取得するべく調査を進めていた。もちろん、製造するのはCPUではなく、シリコンファンドリーなのである。また、TSMCに次ぐ2番手の台湾ファンドリーであるUMCも日本国内に新たな工場進出、または工場取得をするべく動いていたことがある。さらに、アジア系の半導体企業においても日本国内にファンドリー工場を新設するという噂も出てきた。

 もちろん、地政学的に言って日本に工場を作れば、3大大国である中国、ロシア、米国への供給は非常にスムーズにいくことになる。そしてまた、東南アジアやインドについても日本にファンドリーを作れば、非常にやりやすい。ところがこれまで、日本が嫌われていたのは高コスト体質であった。

 しかしここに来て、情けないことに、日本の平均給与所得はたったの460万円であり、先進国の中で最も低い。韓国には大差を付けられてしまった。何しろもうこの20年間以上も賃金がほとんど上がっていないのだから無理はない。しかし、この負の側面が正の側面になる。

 高いと言われた人件費コストが劇的に安くなり、かつ土地の値段が諸国に比べて高騰しておらず、消費者物価も安い。そして何よりも、半導体材料において世界シェアの半分以上を持ち、製造装置についても3割以上シェアを持ち、こうした製造インフラについては滅法強いのが日本企業であるからして、日本に工場を作れば調達およびサプライチェーンは万全なのだ。

 ちなみに、世界のファンドリー10社の売り上げはまさに急増し続けている。2020年は前年比24%増であった。2021年は21%増の11兆円となり、2022年は少なくとも同12%増で12兆2870億円になる予想であり、過去最高を更新することは確実と見られる。さあ、大変なことになったものだ。世界全体の半導体生産の約20%がファンドリー10社によって占有されるという時代が到来した。

 前記のように、日本本土に向かって世界中からシリコンファンドリーの波が押し寄せて来れば、日本経済にとっては願ってもないことになる。契機の浮揚を生み出す絶好の機会がやってきたのだ。

 ただ一つだけ言えることは、先端プロセスを構築できない日本の情けなさである。たとえ5年かけても6年かけてもいいから、何としても世界最先端の製造プロセスに近づく努力を続けてもらいたいものだ。本当のことを言えば、一番望まれているのは日本独自の資本で先端プロセスを持つ日本企業による、どでかいシリコンファンドリー工場建設なのである。政府および経産省は、この道を追求することを決して忘れてはいけない。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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