「米国の大手IT企業からの受注は確実に増えている。何としても彼らの要求に応えようとしてやってきた。いろいろな仕事も舞い込み、こなしてはいるが、彼らとの仕事を通して実感したことは、アップルなどの米国の先端産業も技術や値段だけではないということ。信頼を裏切らないという思いが大切だ。つまり、浮気はしないという姿勢が重要なのだ」

　ただひたすらにこやかにこう語るのは、熊本県八代にあって、その名を知られる櫻井精技の代表取締役社長である櫻井一郎氏である。この会社はいまや、半導体関連などの装置、組み立てにおいて出色の技術を持ち、大躍進しているが、創業はなんと江戸時代なのである。先祖は足軽という軽い身分であったが、その後、船大工などを経て現在の基礎を作ったのはもちろん現役社長の櫻井一郎氏なのである。

　一番はじめに出会ったのは二十数年前であったが、その頃は十数億円の売り上げの中小企業であった。ところが今日にあって、いまや売り上げ300億～400億円を展望できるというほどに爆裂成長したのだ。

　売り上げ構成比率で一番多いのは、プリント基板関連である。次いで多いのがハンドラーやボンダー、各種組み立て機、リチウムイオン電池関連などもあり多岐に手がけている。最近では、露光装置やウエファ検査といった検査機器までもカバーしている。匠の技を駆使するその技術は、世界ナンバーワン企業もうならせている。

　「リーマンショックの折には、売り上げ急降下ですさまじいことになった。100億円近くもあった売り上げが3分の1まで一気にシュリンクした。どうにもならない状態であったが、どこにも仕事は無いのであるからして、これはチャンスと考えた。まず多くの若い人たちを研修させるべく学校に通わせた。そして経理や事務職にある人間に、組み立ての現場をやらせた。一方で、組み立てをやっている人たちに切削や溶接の技術を覚えてもらった。設計者にも組み立てや加工を経験させた。今思えば、これはたいへんな財産になったのだ」（櫻井氏）

　この櫻井一郎社長の考え方は、一見おかしいように見えて、実はストレートに正しい。これすなわち、多能工作りに入ったのだ。どんな仕事でもこなせる人たちを育て上げれば、一番忙しいところに人員を集中できるし、他工程の問題点が理解できて、生産効率も一気に上がる。そして何よりも、この会社のすごいことは、どのような苦しい状況になっても、一人も人を切ったことがない。リストラ一切なしの終身雇用なのである。

　「今時珍しい昭和の企業ですね」と感想を述べたら、ものすごく大きく笑って、櫻井氏はこう答えたのだ。

「多くの企業は不況になれば、ひたすら身を潜め、大事な、大事な人材をリストラする。ところが、半導体産業は一気にトーンダウンしてから急速に上昇してくる。その時に、設備があっても人が足りなければ増産はできない。雨あられの受注が舞い込んだ時に、絶対に勝つのはリストラせずに人材を揃えている企業なのだ。だからバランスシート経営を行ってきたし、そしてまた社員もよくわかっている、私がリストラしないことを」

　最近になり訪問した時に驚かされたのは、またも工場を作っていたことだ。きっと新しい顧客が生まれたに違いない。お客様ごとに新工場建設を進めており、組立工場だけで17棟、機械加工棟などその他の施設を含めれば二十数棟が八代本社に林立している。地元である八代に対する愛着心は非常に強い。今後も本社の周辺に土地を取得し、八代だけに工場を集中させる、ともいう。地元に愛される企業は、必ず成功するとの信念があるのだ。地域とともに歩む、という姿勢が地域からすばらしい労働力を獲得することにもつながる。

　「私から残業してくれと言ったことは一度もない。それでも皆、ここが勝負と思った時には渾身の力を込めて仕事に貼りつき、残業を厭わない。この集中力がすばらしい。そしてまた、カスタマイズされた技術を必要とするのであるからして、中高年力がモノを言う。現場にいる年老いた父つぁんたちの力が、櫻井精技を真に支えてきた」（櫻井氏）
（「企業100年計画ニュース」より転載）

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■泉谷　渉（いずみや　わたる）略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役　会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』（以上、東洋経済新報社）、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業　激動の21年史　2000年～2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』（産業タイムズ社）など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。