電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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トランジスタの登場 3


アマチュア無線はTR-1000が人気の時代
~モトローラの高性能な半導体技術には超驚かされた!

2022/4/28

 トランジスタが普及してくると、アマチュア無線機もHFの固定機器はハイブリッドに移行し、その後、トランジスタとなったが、移動機、トランシーバーは全部をトランジスタで作ることで小型軽量のトランシーバーが作れるようになり、アマチュア無線機器メーカーはこぞってポータブルなトランシーバーを発売した。

 もっとも、ことはそう単純ではない。真空管ならどれを持ってきても電力はともかく、50MHzで動作させることは難しくはない。しかしトランジスタを50MHzで動作するトランジスタを作るのは簡単ではなかった。

 真空管なら電子は真空中を移動するので移動速度は速く、数ミリの移動に数ナノ秒程度で応答できたから、周波数が高くなっても問題にならなかった。これはアナログテレビの放送周波数(当時、衛星放送はなかったので)が90~220MHzであったが、真空管のテレビで受信できていたことから納得されると思う。

 トランジスタは、最初のゲルマニウム、その後のシリコンでも、固体の結晶の表面処理で必要な層を作る。半導体とは不純物を加えた結晶のことであるから、電子の動きは遅くなる。また、出力端子となるコレクタから接地側のエミッタ間の容量(キャパシタ)の値は接触しているだけに大きく、これも高速での動作を妨げる。さらに、結晶内での電子の動きの遅さから、入力をなくしてもコレクタに電流が流れるストレージ・タイムもあって、高速の動作ができるトランジスタは作るのが難しかった。

 これらの問題がある程度解消され、50MHzで1W程度の高周波出力を出せるトランジスタが妥当な値段で入手できるようになって、ポータブル・トランシーバーが世に出てきた。このポータブル・トランシーバーにより、1960年代の後半では、50MHz帯のアマチュア無線が活況であった。このきっかけとなったのは、トリオ(現JVCケンウッド)からTR-1000、50MHz、高周波出力、1W、電池駆動のトランシーバーであった。このTR-1000が売り出され、人気のけん引役となり移動局のブームとなった。遅れて、ICOMからは、FDAM2が出され、パナソニックからRJX-601が出て選択肢も広がった。しかし一番人気はTR-1000で、トラセンと呼んで、実際に移動できる移動局として使われた。探してみたら、何と、未だにヤフオクで中古品が売られていた。

 選局はLCのタンク回路だけなので周波数の幅は狭くできない。HFのSSBの機器であれば、3kHzのフィルタが必須であったから帯域を狭くできたが、安価なAMのトランシーバーではできない。そこで通常なら1チャンネル10kHzのところを、100kHzを1つのチャネルとして使った。この50MHz帯なら、1/4波長が1.5mで、ロッド・アンテナとしてトランシーバーに付けられたし、車にアンテナとして容易に装着できた。これも人気の一つの理由と考えている。

 筆者は、友人から譲ってもらった、中古のFDAM2を改造して使っていた。このトランシーバーそのものは、奈良にあるICOM社の博物館(ならやま研究所)に寄贈したので、多分、未だ見ることができると思う。

 当時、高校生の筆者が容易に改造を行えたのは、TR-1000をはじめ、このアマチュア無線用のトランシーバーは、ICを使っていなかった。回路はトランジスタ、ダイオードでできていたので様々な改造が難しくなかった。

 改造点は、東光のセラミック・フィルタを受信回路の初段にいれて受信時の周波数の幅を狭くしたこと、終段のトランジスタを替えて、高周波の出力を2Wにしたことである。東光は、トランジスタ・ラジオ用の中間周波数(IF)用のトランス、縦横8㎜、高さ1㎝ぐらいのものを作っていたし、同じサイズのセラミック・フィルタも作っていた。これがFDAM2に使われていたので、IF用のトランスを、同じサイズのセラミック・フィルタと交換して選局の特性を改善した。

 自作の方は、高校生の時、メカニカル・フィルタを入手したのをきっかけに、トランジスタだけで50MHzのSSBの送受信機を作った。アマチュア無線の仲間から驚かれたのが記憶にある。この自作で最大の問題は、無線出力の終段、50MHzのリニア・アンプであった。リニアは増幅器なので、入力と出力が僅かでも結合すると発振する。これを止めるのは至極の難しさであった。

 この後の機種になると、大幅にICが取り入れられるようになる。PLLが導入され、水晶による固定の周波数が、PLLでバンド内であれば、どの周波数でも使えるようになった。トランジスタも進化して、ポータブル無線機でも10Wの出力を出せるようになり、車に搭載して移動局を楽しめるようになった。

 私も、1970年代になってからであるが、車にアマチュア無線機を積んで、楽しんでいた。車で移動しながら通信をすると、場所により通信が困難なところもある。そこで違法と知っていても電波の出力を大きくしたくなる。こういう需要が多かったのか、50MHz専用の高周波ブースターが売られていた。

 この高周波ブースターの中身は、米国モトローラ社製のトランジスタ、MRF245と記憶している1個と結合回路だけ。これで車載トランシーバーの高周波出力、10Wをこのトランジスタの入力とすると、70~90W程度の出力が得られた。

 このような高性能なトランジスタは当時、1970年代でも日本にはなかったので、米国の半導体技術の高さに感心もした。後日、米国のモトローラ社を訪問した際、このトランジスタの中身の写真を見せてもらった。トランジスタのリード(足)は3本だが、金でできていたワイヤーが数十本も使われていたのが美しく、高度の技術は美しさも兼ね備えると納得したものであった。
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