電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第477回

大逆風のFPD市況下でもイー・インクは絶好調


電子棚札や電子ノートがEPD需要を牽引

2022/11/4

 巣ごもり需要の終焉でリーマン・ショック時並みの厳しい市況が続いているFPD(Flat Panel Display)業界にあって、電子ペーパーディスプレー(EPD)市場で独占的な地位を確立している台湾のイー・インク(E Ink、元太科技工業)が絶好調だ。Samsung Displayを除く液晶・有機ELメーカーが営業赤字に転落するなか、イー・インクは22年に入ってからの営業利益率が、1~3月期は23.9%、4~6月期は26.4%と傑出しており、Samsung Displayを10%以上も上回る。7~9月期の売上高は、月次業績の合計で前年同期比84%増の81億ドル台湾ドルとなるなど好調に推移しており、下期も収益が高まる見通しだ。旺盛な需要に対応するため増産投資も加速させており、一般的なFPD市況とは異なる世界で成長を続けている。

電子書籍端末向けで足場固める

 イー・インクは、09年9月に台湾のPrime View International(PVI、元太科技工業)が米E Inkを約2億1500万ドルで買収し、社名をイー・インクに改称したことから新たな歴史を刻み始めた。当時のPVIは中小型アモルファスシリコンTFT液晶を手がけ、液晶メーカーの韓国ハイディステクノロジーも傘下にいたが、15年に液晶事業から完全に撤退し、EPD専業へ舵を切った。これに先立つ12年には、EPD市場で競合関係にあった台湾のSiPixを買収しており、EPD市場で独占的なシェアを持つようになった。

 イー・インクのEPDはマイクロカプセル型電気泳動方式と呼ばれるもので、マイクロカプセルに帯電した黒と白の粒子と溶媒が入っており、これが電極に吸い寄せられることで白と黒の表示を切り替える。このEPDを一躍有名にしたのが、米Amazon.comが世界で初めて商品化した電子書籍端末「Kindle」への採用。これでEPD市場の基礎を固めたものの、その後しばらくは電子書籍端末の季節需要に振り回されることが多かった(当初はクリスマス需要に向けた時期だけ業績が良かった)。

成長の牽引役筆頭は「電子棚札」

ESLは過去7年に世界で6億個(3インチ換算)が設置されたという(写真はSpectra 3100 Plus)
ESLは過去7年に世界で6億個(3インチ換算)が設置されたという(写真はSpectra 3100 Plus)
 現在、イー・インクが好業績を連発するようになったのは、EPDの用途が電子書籍端末以外にも拡大したためだ。その筆頭が電子棚札(Electronic Shelf Label=ESL)、いわゆる小売店の棚に取り付けられる商品の値札だ。従来は紙の札だったが、ESLに置き換えることで、無線システムで値札の内容を自由に書き換えることができる。EPDは、情報を更新する際にしか電力を消費せず、表示をいったん切り替えれば同じコンテンツを表示し続けることができるため、値札の貼り替え作業などの手間を省け、タイムセールなど臨機応変な販売スケジュールの変更にも容易に対応できる。

 また、電子ノートも伸びている用途の1つだ。17年10月にはソニーセミコンダクタソリューションズと合弁会社「Linfiny」を設立し、10.3インチや13.3インチのEPDを搭載した電子ノートを発売。ペンタブレットメーカーのワコムとの共同開発で書き込み速度の向上なども図り、伊藤忠商事とも協業して、伊藤忠は独自の電子ノート「ALTERIC NOTE(オルタリックノート)」の法人向け発売を開始している。

 イー・インクは、ESLや電子ノート向けの売上構成比を開示していないが、「22年下期は、電子書籍など民生用の需要は前年比で横ばい~微減を見込むが、サイネージなどIoT用途は緩やかな増加が続き、ESLはさらなる拡大が見込まれる。7~9月期は4~6月期比で収益が上がり、10~12月期はさらに良くなる」と説明している。

カラー化や駆動技術で性能を向上

 また、性能向上も順次実現してきた。
 その1つがカラー化だ。20年には、電子書籍端末向けに16階調のグレースケールと4096色のカラー表示が可能な6~7.8インチ対応の「Kaleid Plus(カレイドプラス)」を発売。22年には、これに続く第3世代品として、彩度を30%向上させた「Kaleid 3」を発売した。カレイドは、印刷で形成したカラーフィルターアレイと、白黒インクフィルム「Carta」を組み合わせたEPDである。

電子書籍端末や電子ノート向けカラーEPD「Gallery3」
電子書籍端末や電子ノート向けカラーEPD「Gallery3」
 また、ESL向けには、5色表示ができる「Spectra 3100 Plus」を新たに発売した。黒、白、赤、黄色に明るいオレンジを追加した5色の表示が可能で、より目を引くディスプレイが作成できる。1.64インチ、2.36インチ、3インチ、4.37インチ、7.3インチ、8.14インチなど様々なサイズを提供している。

 さらなる高性能化に向けて、9月にはシャープディスプレイテクノロジー(SDTC)との協業を発表した。次世代EPDにSDTCのIGZOバックプレーンを適用するのが狙い。これにより、より省エネかつ高速で画面の更新ができるようになる見通しといい、今後は小売りや交通機関向けの大型サイネージへIGZOの適用を検討していく。

生産能力を大幅に拡大へ

 EPDには今後も旺盛な需要が見込まれるため、生産能力の増強を急いでいる。
 現在、新竹市でH1~H4の計4ラインを新設中。このうちH1はすでに稼働し、H2とH3は設備導入を終えて22年内に稼働する。H4は23年初頭の稼働を見込んでおり、23年4~6月期から収益に貢献する見通しだ。

 これに続き、新竹市に新工場兼オフィスとなる新棟の建設を進めている。この新棟には計6ラインを導入できるスペースを確保する予定だが、早くもH5とH6と呼ぶ2ライン分の導入を決めた。稼働は24年を見込んでおり、FPL(Front Panel Laminate)ラインや関連設備を導入する。ちなみに、H5とH6の合計生産能力は、H1~H3の合計とほぼ同等になるという。

 さらに、桃園市観音区にEPD材料や機能性フィルムを製造する新棟の建設を決定した。投資額は33.05億台湾ドル。また、揚州市のモジュール生産子会社「Transcend Optronics」にも同様の新棟を建設するため、3.25億元を投資することを決めた。いずれも24年の稼働を目指す。

 コロナ禍によって生まれた「非接触」「リモート」といった新たな需要や、カーボンニュートラル実現に向けた「省エネ」「ペーパーレス」といった要望に対応するため、今後は電子POPやサイネージ、デジタルホワイドボードといった大型EPDに対する要望も増えていくだろう。同じFPDではあっても、液晶や有機ELとは異なる曲線で、EPDは今後も成長の軌跡を描いていきそうだ。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 津村明宏

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