電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第521回

熊本県は2032年度までに半導体関連産業生産額を倍増以上の2兆円弱に設定


半導体産業推進ビジョン会議ではTELの東氏が夢を伝える重要性を語っていた

2023/3/3

 突如として熊本県に舞い降りた幸運の女神は、すさまじい勢いで大きな経済効果を上げようとしている。金融機関の調査では、ここ数年間で熊本県下に4兆円の経済効果が生まれるとさえ言っているのだ。これすなわち、すべては台湾シリコンファンドリーの大手であり、2022年の半導体生産額が10兆円を突破した事実上の世界チャンピオンであるTSMCの熊本新工場進出がもたらしたものなのである。

 こうした状況下で、2023年2月16日、ホテル熊本テルサにおいて、くまもと半導体産業推進ビジョン有識者懇話会が開催された。この出席者はとんでもないメンバーであった。国家プロジェクトによる戦略カンパニーともいうべきラピダスの取締役会長であり、東京エレクトロン(TEL)の元会長でもある東哲郎氏が出席されたことで、会場は少しくどよめきがあった。

 また、学の代表として出席された東京大学のd.labセンター長である黒田忠広氏は、経産省の国家プロジェクトであるRaaS(ラース)の事実上の責任者の任にもある方である。その他では、半導体アナリストとして超著名な南川明氏、平田機工の社長であり、熊本経済同友会の代表幹事である平田雄一郎氏、東京工業大学副学長の桑田薫氏、産業技術総合研究所の執行役員である安田哲二氏が出席され、まさに錚々たるメンバーであったのだ。行政関係者を代表しては、熊本県知事の蒲島郁夫氏、同副知事の木村敬氏が出席された。

 熊本県側はこの有識者懇話会に対して、「くまもと半導体産業推進ビジョン」の素案を示した。この素案によれば、2030年頃に向けて、熊本県が目指す姿として「世界に半導体を供給し続ける拠点」「半導体人材が集う拠点」「半導体を核とした産業創出拠点」の3つを挙げていたのだ。

 「ニッポン半導体は80年代後半に世界の頂点を極めたが、その後、ひたすらに負け続けた。その重大な理由は、何でも自分でやるという垂直統合にこだわったことだ。時あたかも、台湾のシリコンファンドリーであるTSMCの急上昇ぶりを見れば、日本の半導体の方向性を変えなくてはならないと切に思う」

 こう語ったのは、熊本県に本社を置く企業として初めて株式上場を果たした平田機工の社長である平田雄一郎氏である。ちなみに、この懇話会が終わった後で、筆者はタバコを吸いに行ったわけであるが、ここで平田社長に久方ぶりにお目にかかり、短い言葉のやりとりをした。平田社長は、きっぱりとこう語られた。

 「SDGs革命はひとつのキーワードであり、これができない企業は取り残される。半導体企業こそ、SDGsに全力を挙げるべきだ。今はインテルにいろいろと指導されている。インテルはやはり素晴らしい会社なのだ」

くまもと半導体産業推進ビジョン会議で発言する東哲郎氏(左隅)
くまもと半導体産業推進ビジョン会議で
発言する東哲郎氏(左隅)
 熊本県のビジョンは、2032年度までに半導体関連産業の生産額を現状の8290億円から倍増以上の1兆9315億円に伸ばすことを打ち出した。また、半導体関連産業で雇われる人数を現状の2万1275人から2万5517人に増やすことを目指すとしている。ラピダス会長の東哲郎氏は、「民間主導か国主導かといった今までのやり方ではだめだろう。民間、国、地域、大学、さらには世界と連携していく新しい仕組みを作っていかなければならない」と述べていた。東京大学の黒田教授は、「技術は突き詰めれば、人材の問題になるのだ。熊本県は、地図で見れば東アジアのハイテク産業のど真ん中にある。国際頭脳を引き付けるような頭脳の交差点を作ることができるエリアなのだ」と持論を展開した。

 南川明氏は、「熊本だけを見てはいけない。全九州という視点で考えなければならない。シリコンアイランド復活、という視点でアジアにも目を向けなければならない。そしてまた、TSMCの熊本進出は、米中貿易戦争の中にあって出てきたことを認識すべきだ」と鋭い分析をしていた。

 ちなみに、米国では半導体産業の技術を担う新卒であれば4000万円の報酬を提示すると言われている。報償なくして若者は動かないのだ。給与が低くても頑張れ、などという考え方はとっくの昔に、世界では通用しなくなっている。半導体産業もやはりまた、カネの世界なのである。

 会議の終わりの頃になって、東さんは素晴らしいことを言っておられた。それは次のようなものである。

 「最近の若い者は夢がない、とよく言われる。しかして、我々中高年のミッションは、何としても若者たちに夢の素晴らしさを伝えていかなければならない。これなくして、ニッポン半導体の復活はあり得ない」


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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