商業施設新聞
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No.432

港で帰還を待てども……


高橋 直也

2013/11/5

 好きの反対は無関心らしい。無関心つまりは無視。

 先日、あるコンビニエンスストアが、今後の戦略と新商品を発表するため記者を呼び集めた。記者発表会は、時間帯や場所によって違う場合もあるけれども、たいてい席が用意してあり、双方着席して行われることが多い。会場には長机と椅子が3~4列並べられ、そこに記者が順々に座っていく。この時、ほとんどの会見で発表側の企業の広報担当が誘導役となり、「前から詰めてお座りください」と声を張り上げている。大学の講義などで後方の席に人が偏り、前方がスカスカになる光景を見た人も多いだろうが、社会人になっても人の習性は変わらないのである。

 筆者はノミの心臓なので、せめて中腹あたりの目立たない位置にいたいのだが、実際は空きがある時には最前列に座るようにしている。眼鏡をかけても視力が低く(4年前の健康診断では「裸眼視力0.00」だった)、スクリーンに映し出される資料が見えにくいためだ。このコンビニの発表会でも、「あちらが空いております」と示された最前列の席に座った。

 発表会が始まり、企業側の説明が始まった。「これは記事になるな」「これはならない」など考えながら聞いていると、「ぜひ新商品をお召し上がりください」と筆者の机の上に発売予定の食品とコーヒーが置かれた。ちょうどお昼時だったので、「では遠慮なく」といただくことに。ただ、手で持って食べる物だったので手を汚すかもしれないと思い、鞄からティッシュを取り出そうとした。そのとき、隣の席の人が使い捨てのお手拭きを使っているのが目に入った。お手拭きを貰えるのなら筆者もそれを使おうと、手元に届くのを待った。

たかがお手拭、されどお手拭
たかがお手拭、されどお手拭
 ところが、待てど暮らせどお手拭きは出てこない。ひょっとしてあのお手拭きは私物だったのか?と思い、反対側の隣席の人をみると、やはりお手拭きで手をぬぐっている。しかもその人を見て気がついたのだが、コーヒーに入れるための砂糖とミルクがちゃんと添えられている。いや、筆者はブラック派なので使わないんだけれども、納得がいかない……。

 この席は、座っちゃいけない席だったのか? でも、入り口でここに座れと案内されたし……。では、手を挙げて「お手拭きと砂糖とミルクをください」と言おうか。しかし、貰ったところで砂糖とミルクは使わないし、お手拭きも鞄からティッシュを出せばよいだけ。手を挙げてまで「お手拭きをよこせ」と言うと、まるでティッシュやハンカチを持ち歩かない男みたいじゃないか。ちなみに、筆者はティッシュを常に持ち歩いている男である。

 弱き者が泣き寝入りするのは世の常だ。結局、空腹に耐えかね、鞄からティッシュを取り出して新商品を食べた。コーヒーはブラックだ。食べ物もコーヒーもうまかったが、釈然としなかった。
 と、思ったらトドメの一撃。発表会の終了間際、妙に係員が席と席の間を歩き回っていることに気が付いた。最前列なので横目にしか見えないのだが、何かを机に置いているようだ。隣の席を見たら小さなぬいぐるみらしき黒い物体が置かれているではないか。どうやら記念品のようだが、まさか今回も……いや、今回こそは置いてくれるに違いない。

 現実は残酷である。待っても待っても来ない。まるで戦地に赴いた夫の帰還を、港で待つ気分だ。戦争を生き延びた兵士を乗せた船が港に着き、次々に兵士が下りてくる。周りでは再会した夫婦や恋人たちが抱き合っているが、どれだけ探しても夫の姿は見つからないのだ。私は「まさか彼は戦場で亡くな……いえ、次の船で帰ってくるに違いないわ」と自分に言い聞かせる。しかし、翌週の船にも、その翌週の船にも夫の姿はない。そして1カ月後、敵の銃弾に散ったという手紙が届くのである。いくら待っても彼はもう来ないのだ。

 秋の寒空を見上げる帰り道、私は誓った。その発表会を行ったコンビニは我が家の隣にあるが、しばらくは別のコンビニに行ってやる、と。今度、その企業の広報に会ったら「僕のこと嫌いでしょ?」と聞いてみよう。
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