電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第65回

鉄道ビジネスとSiCパワーデバイス


~ニーズは新幹線、ビジネスなら在来線~

2014/10/3

電鉄用パワデバ市場は約260億円規模

 2015~17年にかけての世界の鉄道市場は、約19兆5000億円。09~11年にかけての世界市場18兆円と比較して、約8.3%の伸びとなる。19兆5000億円の内訳は、新幹線などに代表される高速鉄道が1兆5000億円、在来線が15兆1000億円、路面電車が1兆1000億円、地下鉄が1兆8000億円である。

 この全市場19兆5000億円を、今度は鉄道施設で見ると、車両が6兆4000億円、車両保守などサービスが7兆3000億円、インフラ整備に4兆円、信号関係が1兆7000億円、システム・インテグレートに1000億円の市場がある(UNIFEレポートをベースに本紙編集部にて試算)。

 ここで注目は、鉄道車両市場の6兆4000億円。自動車に引き続き、パワーデバイスの用途拡大が見え隠れする電鉄市場だが、主回路部の市場は車両市場の0.4%レベルと推測する。つまり、約260億円前後が、電鉄用パワーデバイスの市場規模ということになる。現在、同主回路部にはIGBTが搭載されているが、ここをSiCパワーに置き換えようというのが、独インフィニオン、日本勢の三菱電機や日立製作所などの狙いである。



SiCのニーズは高速鉄道で

 IGBTと比較し、その実装体積・面積ともに65%低減できるSiCパワーは、高速鉄道の分野でニーズが高い。高速走行の絶対条件が、車体の軽量化だからである。国内においては、新幹線の進化にその足跡を見ることができる。

 車両用の素材は鉄からアルミへと移行し、次代はチタンと見られていた。ところがチタンは扱いにくく、加工が難儀なため、量産には不向きな素材。そこで浮上してきたのが、軽量で強靭なカーボン繊維である。

 ただし、難点もある。炭素なので、燃えやすい素材ということ。飛行機業界はその難点を承知で採用に踏み切り、自動車業界も高級車などで導入が始まっている。トンネル内での火災を憂慮し、国内鉄道はいまだアルミのままである。

 では、新幹線はどこで軽量化を推進したのか。主回路部(パワーデバイス)の進化である。新幹線100系の車体量は933.3t。このうち、主回路部は91.9tの重さがあった。これが300系では車体が710tに減量され、主回路部は71.6tに。さらに700系では708tに対し、55tにまで減量した。実に、100系での主回路部の重量の半分の重さまで削ぎ落としたのである。

 国内開発のIGBTが貢献した。3レベルのIGBTという。スイッチング周波数が高く、きれいな波形が得られるうえ、発熱も少なく、省エネにも貢献する。新幹線にSiCパワーを導入するならば、現状の3レベルのIGBTを大きく凌駕するだけの性能とコストが求められることになる。高速車両の軽量化ニーズは限りなく続くが、その市場規模は小さいことに留意しなければならない。

ビジネスなら在来線

 電鉄用IGBTからSiCパワーへの置き換えを狙うなら、やはりターゲットは市場規模の大きい在来線であろう。同分野だけで、パワーデバイス市場は200億円近くを占める。国内在来線の主回路部は、低コストを意識して、2レベルのIGBTが採用されている。SiCパワーを売り込みやすい環境下にあるのだが、2レベルとはいえ、その進化は著しい。

 IGBTは発熱するため、その冷却部で大きな実装面積を占有されてしまう。自動車でSiCパワー導入へのニーズが強いのは、それが理由の1つである。ところが現在、電鉄用のIGBTには空冷のファンが搭載されておらず、ヒートポンプによる自冷で対応している。このため、在来線の床下は、思いのほかスペースが空いているのである。鉄道事業者にとってSiCパワーは魅力のあるデバイスだが、2レベルのIGBTより安価にならない限り、触手は動かないと思われる。

鉄道ビジネスの今後

 イギリス、ドイツ、フランス、米国など世界の鉄道ビジネスで、最も大きな収益を上げているのは日本のJR東日本である。総路線長は他国よりはるかに短いが、輸送人員数も輸送人キロ(1人あたりの年間乗車距離)、運輸収入もJR東日本がトップである。つまり、短い路線長で、高効率に収支を伸ばしていることになる。これを裏返せば、稼ぎ頭は山手線とその周辺在来線ということになる。首都圏と大阪の環状線などが儲かっているのであり、JR四国やJR北海道は厳しい環境下にあると思われる。

 今後の鉄道マーケットを考えた時、車両や施設の置き換え需要はあっても、国内市場の飛躍的な拡大は望めない。車両および鉄道施設メーカーは、海外展開を積極的に推し進める時期が来たようである。その対象は、新興国のアジア域、アフリカ、南米、そしてロシアである。川崎重工業や日本車輛製造が米国に進出して成功したように、日立製作所がイギリスに進出して成功したように、これから鉄道整備を狙う国々に焦点を当てた方が良い。

鉄道業界にも中国の脅威が

 世界の鉄道ビジネスでビッグ3と称されるのが、独シーメンス、仏アルストム、伊ボンバルディア(本社はカナダだが、鉄道部門の本部はイタリア)である。同3社は買収に買収を重ね、鉄道の全整備を自社で取りまとめることができる。欧州標準(世界標準)にも準拠し、一括受注で取りまとめることができる。おそらくアジア、アフリカ、南米、ロシアの各市場を狙っているであろう。

 そのビッグ3が脅威を抱いているのが、躍進著しい中国の北車集団と南車集団の勢いである。一部うわさだが、両集団が合併するのではないかとも言われている。ビッグ3のビジネス規模が、各社それぞれ5000億円から8000億円レベル。これに対し、北車集団、南車集団は1兆円規模の総合鉄道施設メーカーで、もし合併すれば、2兆5000億円規模の会社が誕生することになる。電鉄用SiCパワーデバイスの売り込み先も、国内を押さえつつ、海外展開に注力すべきであろう。

謝辞

 本稿を執筆するにあたり、東京工業大学大学院理工学研究科 電気電子工学専攻 JR東日本寄附講座 特任教授/渡邉朝紀氏にご指導いただきました。感謝いたします。

半導体産業新聞 編集部 松下晋司

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