電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第89回

究極のエコカー「FCV」がテイクオフ


トヨタ先行、ホンダ、日産が続く

2015/3/27

トヨタの「MIRAI」
トヨタの「MIRAI」
 ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、電気自動車(EV)に続き、「究極のエコカー」と呼ばれる燃料電池車(FCV)の導入が始まった。トヨタ自動車(株)(愛知県豊田市)は、2014年11月18日に日本科学未来館でFCV「MIRAI」を発表し、12月15日から全国のトヨタ店およびトヨペット店で販売を開始した。続くホンダ(東京都港区)も15年度中に市場投入することを明らかにしているほか、日産自動車(株)(東京都中央区)も17年ごろに製品化するという。FCVの動向をまとめてみた。

航続距離はガソリン車並み

 FCVは、水素と酸素を電気分解と逆の化学反応により電気を取り出し、モーターを駆動させるEVの一種。EVと同じく走行中にCO2や排気ガスを排出しないため環境に優しいが、大きな違いは航続距離だ。EVの航続距離が1回の充電で200km以下であるのに対し、FCVは1回の水素充填で600km以上を達成するなど、ガソリン車並みだ。さらに、充電時間は急速充電モードでも30分程度かかるのに対し、水素充填は5分以内で可能だ。

 加えて、環境対応車で主流のHVはガソリンエンジンも積んでいるため、走行時のCO2排出はある。日本では2050年の運輸部門における温室効果ガス排出量を80%削減する目標を掲げているが、HVでは達成できないと言われている。このようにFCVは満足できる航続距離を実現でき、かつCO2排出目標が達成できる唯一の環境対応車となる。

アナウンスどおりに商用化

 日本政府はこうしたFCVの導入を積極的にバックアップしてきた。11年1月、経済産業省、自動車企業(トヨタ、日産、ホンダ)、エネルギー関連企業(JX日鉱日石エネルギー、出光、昭和シェル、コスモ石油、東京ガス、大阪ガス、東邦ガス、西部ガス、岩谷産業、大陽日酸)らは合同で会見を開催し、15年からFCVの商用化を開始することを正式にアナウンス。15年を「普及期」として導入を開始し、同年に商用水素ステーションを4大都市圏(首都圏、中京圏、関西圏、北部九州)で100カ所設置するとともに、25年にはFCV 200万台、商用水素ステーション1000カ所を設置することを目標に掲げた。

 FCVの出荷台数は全世界で約300台、国内で約60台と見られる。FCバスは全世界で約120台、国内で約10台。国内のFCバスは、羽田空港~都内間、名古屋空港~名古屋市内間を走行するシャトルバスとして使われている。

 FCVを開発する自動車メーカーはトヨタ、ホンダ、日産、GM、BMW、ダイムラー、フォード・モーター、現代自動車、上海汽車など。それぞれで研究開発が進められているが、トヨタ-BMW、ホンダ-GM、日産-ダイムラー-フォードの3陣営の共同開発も強固だ。これら自動車企業のうちトヨタは14年11月18日に「MIRAI」を発表しているが、ホンダも15年度中に市場投入する予定だ。日産は、13年1月の3陣営の共同開発発表時に、17年ごろに製品化することを明らかにしている。現代は14年初頭から米国で「Tucson Fuel Cell」のリース販売を開始している。

乗り越えてきた課題

 ついに実用化にこぎつけたFCVだが、その道のりは長かった。そもそも燃料電池(FC)の原理が発見されたのは19世紀初頭。英国王立科学研究所の科学者デービー卿が見出したとされる。しかし、その後150年間にわたって世界各国での研究開発が停滞。再燃したのは1950年代からで、きっかけはNASAの宇宙開発とされる。65年に打ち上げたジェミニ5号に世界で初めてFCが搭載された。

 FCVでは1966年にGMが世界で初めて開発に成功し、その後数多くの自動車メーカーが追従した。ただし、実用化に向けては膨大な課題を解決する必要があった。例えば、氷点下始動だ。氷点下においてはFCスタック周辺の水が凍りつくためシステムが起動しなかった。現在ではマイナス30℃でも起動や走行が可能となっている。

 また、FCスタックのサイズは当初大きかったが、現在では床下に収まるサイズにまで小型化している。加えて、固体高分子膜上に形成する触媒や担持カーボンは腐食することがあったが、粒子径や分布の最適化により劣化を防いでいる。燃料もバラバラだった。現在では70MPaの高圧水素が世界標準となっているが、以前は35MPa高圧水素、液体水素、メタノールなど様々な燃料が提案された。

普及へ向けた「2つの課題」

 一方で、本格普及に向けて顕在化している課題もある。その1つがコストだ。開発当初のFCVは5000万円以上とも言われていたが、近年では1000万円を切るレベルにまで減額している。MIRAIのメーカー希望小売価格は723万6000円(税込み)だが、エコカー減税、自動車グリーン税制、クリーンエネルギー自動車等導入促進対策費補助金などの国の優遇処置を活用すれば約500万円で購入できる。さらに各地方自治体の補助金を活用することで400万円台でも購入可能だ。ただし、それでも既存のHVやガソリン車と比較すると、さらなる低価格化は必須だ。
 最大のネックはスタックと周辺補機(水管理、熱管理、燃料管理など)で構成されるFCシステムだが、とりわけコストを下げる余地があるのが、スタックコストの半分以上を占めるMEA(Membrane Electrode Assembly:膜電極接合体)だ。

 MEAは固体高分子膜、電極触媒、セパレーターで構成される発電セルで、言わば燃料電池の核心だ。取り組みの1つに、電極触媒であるPt(白金)使用量の低減がある。PtとPt間距離と内部の規則度合いを最適化することで有効活性利用率を向上させるほか、触媒層中の物質輸送を促進させるものだ。低コスト化のみならず高性能化にも寄与する。加えて、水素タンクや強電系部品の低コスト化も進めている。

 もう1つの課題が水素ステーション整備だ。これまでの設置数は建設予定を含めて首都圏で26カ所、全国で45カ所にとどまる(15年2月時点)。ただし、商用水素ステーションに限れば、14年7月にオープンした岩谷産業の「イワタニ水素ステーション 尼崎」(兵庫県尼崎市)をはじめ「イワタニ水素ステーション 小倉」(北九州市)、「Dr.Drive海老名中央店」(神奈川県海老名市、JX日鉱日石エネルギー)など少ない。先述の15年で100カ所設置するという目標に向けては実現が困難との声もある。
 なお、ガソリンスタンドは3万7743カ所(13年1月)、急速充電器は2129カ所(14年11月)がそれぞれ設置されている。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東 哲也

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