電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第145回

5年後のAIビジネス


~野村総研の「ITロードマップ2016年版」から読み解く~

2016/5/6

 2020年の情報通信技術(IT)について、人工知能(AI)やIoT、ウエアラブル・コンピューティングなどの重要技術が台頭して、今後5年間でさらに進化し、ビジネスや社会に多大な影響を与えると、野村総合研究所(NRI)は見ている。このほどNRIが発行した「ITロードマップ」の最新版では、今後普及するであろう重要技術8項目を挙げ、それぞれ技術的視点や産業規模などについて専門家の立場から分析している。今回、そのなかからディープラーニング(深層学習)を活用したAIについて紹介したい。

 このロードマップシリーズは、05年から「5年先」を視野に、中長期的なスパンでIT産業におけるその時々の重要技術をピックアップし、専門家や当事者らへの綿密な取材を通じて精度の高い産業技術の予測レポートとしてまとめており、16年で11冊目となる。10冊目で一区切りがついたとして、当初、16年版の出版は見送られる予定だったのだが、「各方面から引き続き出してほしいとの強い要望が寄せられた」(同社デジタルビジネス推進部マネージャーの城田真琴氏)ため、いつもより3カ月ほど遅れて出版された。

AIは音声認識から画像認識でビジネス拡大へ

 昨今、AI技術を巡る話題には事欠かない。最も難しい知的ゲームといわれている囲碁の世界で、このAI技術を適用したコンピューターがプロのトップ棋士をやり込めた話題や、小説まで書いてしまうほど進化していることに改めて驚かされる。

 AIのベースにある機械学習という手法が進化したおかげで、AIはいま3度目の大きなブームの真っ只中にあるという。機械学習とは、明示的にプログラミングする従来型手法ではなく、コンピューター自身がデータ(経験)により、知識や規則(ルール)を自動的に学んでいくことができるアルゴリズムやシステムを実現する手法である。
 なかでもディープラーニングと呼ばれる手法が広まったことで、その技術開発が加速している。同技術は、データの特徴を自動的に抽出する機能を有しており、人間が特徴を抽出するといったサポートをしなくても学習することが可能なのだ。

 グーグルなどの米国系企業がディープラーニングをビッグーデータ処理に活用し始めている。最も身近な例では、アップルのiPhoneに導入された音声認識の「Siri」である。このディープラーニング技術を適用したAIは、先の音声認識だけではなく、この先は画像認識や自然言語処理にも大きく商業展開されそうだ。

 今後5年間では、特に17年ごろにかけて、先行した音声認識のみならず、画像認識分野でもディープラーニング技術を使ったAIが商業化される。例えば、製造業での製品の品質管理やECサイトの画像による商品検索にも利用可能としている。さらには、店舗での万引きなどの防犯対策、顧客の行動分析といった分野において、カメラ映像との組み合わせで普及が始まる。テロ対策などの観点からも有望な技術で、さらに高精細な画像デバイスの需要も立ち上がることが期待される。20年の東京オリンピック・パラリンピックではこうした技術が実際に適用されているかもしれない。

 18~19年度には単語や文章表現、統計言語的モデルといった自然言語処理の要素技術分野でもディープラーニング手法のAI利用が拡大するという。

 20年度以降には自動車向けで大きく開花しようとしている。20年までに国内自動車メーカー各社は、高速道路で自動運転の実用化に乗り出そうとしている。例えば、トヨタは車線変更をはじめ追い越しもできるクルマを市販する。日産も18年をめどに車線変更を実現する。さらに、より様々な障害もある難易度の高い一般道においても、信号機情報や人の流れを予測しながら、車線変更に対応した車両を投入するという意欲的な取り組みを加速させている。

 こうした安全な自動運転社会の実現には、画像認識技術に対応したAIの取り込みが重要となる。グーグルやテスラモーターズといった新興勢力はこの分野に積極的だ。従来のサプライチェーンを根底から覆すことも不可能ではない。老舗のトヨタが16年1月に、AIの研究開発拠点を米シリコンバレーに開設したことは記憶に新しい。危機感は相当なものと言える。トヨタは5年間で10億ドルもの開発費を見込んでいる。ここでは自動車だけではなく、ロボットなどへの適用も視野に入れている。

チップは画像処理系GPUからFPGAも採用へ

 またAIの普及について、よりよい環境が整備されるためには、半導体デバイスなどのチップ(ハードウエア)の進化も求められている。現状ではエヌビディア製のGPUが業界標準といわれている。GPUは、グラフィック処理を高速に実行するため開発されたもので、パソコンやサーバーなどの中央演算処理を担うCPUよりも数値計算といった処理速度が速いという性能を持っている。このためスパコンなどへの応用も広がっているが、より低消費電力化に向くFPGAが注目されている。最近はAI技術に適用する事例も増えているという。例えば、マイクロソフトは自社の検索エンジンBingの自然言語処理には、FPGAを搭載した専用サーバーを適用している。

 インテルのアルテラ買収に見られるように、昨今、FPGAの利用価値が見直され、間違いなく重要デバイスの位置を占めていることが分かる。さらには、自動車のADAS機能を実現するためにもこのFPGAの搭載が始まっていることを見ても分かるように、近い将来、大きな市場を形成することは間違いなさそうだ。

 また、研究レベルと断りながらも、IBMはニューラルネットワークを活用した専用チップの適用も視野に入れている。より大規模な情報処理をこなし、低消費電力化を両立するための切り札になりそうだ。ちなみに同プロジェクトは米国の国防高等研究計画局(DARPA)との共同開発という。さらには飛躍的な高速計算が可能になる量子コンピューターの活用まで検討されている。

(出典:NRI)
(出典:NRI)

AIを活用するに当たっての課題も

 しかし、ディープラーニングを利用したシステムは、特徴などを人手で設定する必要がないためメリットもあるが、一方でどのような特徴を利用しているのかが分からず、内部状態がブラックボックス化してしまう恐れがあるという。利用していて不具合が起きたときの責任の所在や、系統だった修理の問題も懸念される。開発に当たっては、開発側ならびに利用者が常に密に連携を取りながら、実証実験を繰り返し、様々な経験や知見を集積するしかないという。また、こうした先端技術や実際の運用面での人材育成も急務となる。

 今回は、AIを中心とした内容紹介にとどまったが、社会や市場に対する影響ではIoTやロボットの技術革新なども重要となる。AIはそうした技術・ハードなどと融合して、より安全・安心で豊かな社会を実現していくうえで、重要な「プラットフォーム」と位置づけられる。
 今後AIがさらに進化していけば、全く予想できなかった新規の産業を生み出すことも可能になるかもしれない。人間社会にとって安全・安心で豊かな社会実現に貢献できる技術としてさらに磨きをかけていってもらいたい。

電子デバイス産業新聞 副編集長 野村和広

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