電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第7回

がん検出は半導体チップにまかせろ!!


~広島大学と名古屋大学が意欲的な取り組み~

2012/8/31

(株)産業タイムズ社 代表取締役社長 泉谷渉

 かつて人類不治の病、といわれたがんの治療方法は飛躍的に発展している。各種抗がん剤がバラエティーに富んできたこともあり、早期発見であればかなりの確率で助かるようになってきた。放射線式や重粒子線式のがん治療装置もここにきて飛躍的な技術発展を見せている。

 ところで「がん検出は半導体チップにまかせろ!!」という意欲的な研究がいくつかの大学で出され始めた。広島大学においては、かつてNEC(現在はルネサス エレクトロニクス)のULSIデバイス開発研究所部長であった吉川公麿氏(ナノデバイス・バイオ融合科学研究所長)が率いる部隊が、乳がん検出の画期的なデバイスを作り上げた。乳がん検査は女性にとって非常に痛いものであり、もっとシンプルにできないか、というニーズがこの半導体検出素子を作らせたのだ。

 さて、広島大学ナノデバイス・バイオ融合科学研究所は、1986年に基礎研究を通して半導体技術開発に貢献する集積化システム研究センターを前身とする。この研究所にはスーパークリーンルームが備わっており、これを活用して半導体ナノエレクトロニクス、バイオメディカルエンジニアリングを融合した領域を切り開こうとしているのだ。かなりストレートにいえば、高度医療社会に貢献する新しい半導体技術の研究開発と、時代の要求にこたえる人材を育成するために、この施設は存在する。

 研究領域はナノ集積科学、集積システム科学、分子生命情報科学、集積医科学の4部門に分かれている。シリコン光リンク共振器を用いたバイオセンサーの研究、チップ積層バイオセンサーの研究、シリコンとバイオの界面制御の研究、CMOS RFバイオセンサーの研究など様々な分野の研究がなされている。この研究所を率いる吉川公麿教授は、静岡大学を出て、東京工業大学で工学博士を授与され、1976年に当時のNEC玉川の半導体事業部に入る。多層配線など様々な研究に従事し、98年に広島大学に移籍する。

 「私の基本的な研究のベースは、インターコネクト技術にある。つまりは、LSIチップ内やチップ間の高速信号伝送のための新しいコンセプトの次世代配線技術を開発している。研究テーマは、低誘電率層間絶縁膜、低損失高誘電率膜、アンテナによる電磁波ワイヤレス配線、インダクタによる磁気結合配線、アンテナ集積化CMOS回路などである」(吉川所長)。

 最近になって吉川所長はこのインターコネクト技術の横展開を狙って、医療分野への本格参入を計画している。具体的には、乳がんを半導体集積回路で測ってしまうという技術だ。

 シリコン半導体集積回路からアンテナより乳房に向けてインパルス電波を発信する。がんがあった場所には、血液を含めた水分が集まっているため、誘電率が周りの正常組織に比べて高いので電波が散乱する。これをレーダーの原理で受信して位置を割り出す。非常にシンプルな方法で乳がんが検出できることになる。すでにこの半導体チップの一部は完成しており、富士通にファウンドリー依頼して作っている。しかし試作費用が高額なので、現在はあらゆる資金手当ての方法を検討中だ。

 一方、名古屋大学においては、革新ナノバイオデバイス研究センター長を務める馬場嘉信教授が、がんなどの疾患マーカーの高感度・高速検出に役立つナノバイオデバイスの開発にほぼ成功している。馬場教授は九州大学理学部を卒業し、大分大学、神戸薬科大学、徳島大学などを経て2004年から名古屋大学に勤務し、最近では革新ナノデバイスの開発で一躍世界にその名を知られた。

 具体的には、1分子のDNAの配列を1時間で読める技術を追求している。これまでは1ゲノムを読むためには2~3週間かかり、コストも高かった。しかし、大阪大学川合教授が開発したナノポアと呼ばれる直系2ナノメートルの孔に電極を埋め込み、馬場グループが開発したナノピラーと呼ばれるナノの森林状構造で1分子のDNAを流し入れ、孔を横切る電流を計測して、塩基配列を読み取るのだ。これまで様々なトライアルがされたが、ナノポアの中に電極を埋め込む構造は世界初であり、1秒間に1000塩基が読める。ちなみに人の塩基は30億塩基もあるため、超高速・超低コスト・超ハイスループットで検出・識別することが重要なのだ。

 「ところで、このチップは、現状では石英ガラスの光検出でやっているが、もちろんシリコンの方がよい。ナノポアはやはりシリコンベースなのだから。2013年中にはデバイスの要素技術を作り上げ、標準化を考えている。IC化できれば日本の半導体メーカーの量産に任せたいと思う。この研究は海外でIBMとロッシュがやっているが、我々のグループが格段に優れているとの評価を頂いている」(馬場教授)

 半導体と医療のクロスオーバー、といえば聞こえはいいが、実のところは何がなんだかわからないという人も多い。しかしながら、この広島大学と名古屋大学の研究成果を見れば、なるほど半導体が切り開く高度医療という近未来世界が見えてくるのだ。

広島大学ナノデバイス・バイオ融合科学研究所の研究領域

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