電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第1回

正念場の専用ゲーム機市場、次世代機で問われる真価


自前主義からの決別で半導体設備投資にも影響

2013/7/5

 「ソニーグループ、65nm/300mmで『CELL生産』、長崎工場などへ2000億円投資」――本紙半導体産業新聞が2003年5月7日付で報じた内容の見出しである。当時、ソニーやSCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント)などが06年から発売を開始した「プレイステーション3(PS3)」に自社開発の先端ロジックを搭載すべく、大型投資を実行する内容である。当時、筆者はまだ大学生でプレステの一般ユーザーに過ぎなかったが、現在、半導体業界の専門紙記者という立場になり、改めて当時のバックナンバーを読み返すと、裏ではこんな巨額投資が動いていたんだ、と感慨深い気持ちになる。

 PS3の登場から7年経ち、ついに次世代機が発売される。今年の6月に米国ロサンゼルスでゲーム機の世界最大の見本市「E3」が開催されたが、目玉は、やはりSCEの「PS4」と米マイクロソフト(MS)の「Xbox One」だった。いずれも今年の年末商戦に投入される予定(Xbox Oneは11月発売予定)で、PS4は399ドル、Xbox Oneは499ドルの価格で売り出される。

 任天堂のWiiも含めて毎回新型機がベールを脱ぐと、コアユーザーだけでなくライトユーザーからも注目が集まり、ゲーム機市場の活性化が期待される。しかし、今回は以前ほどの盛り上がりに欠けているのが実情だ。

 周知のとおり、スマートフォン(スマホ)やタブレットなどモバイル端末の台頭により、専用ゲーム機市場が年々縮小傾向にある。特にライトユーザーを中心に、スマホで手軽に遊べるアプリにユーザーが流れており、最近ではガンホーが提供する「パズル&ドラゴン(パズドラ)」の大ヒットが大きな注目を集めている。当然のことながら、ゲームソフト会社の視線も専用機ではなく、汎用デバイス向けに大きなリソースが注がれるようになってきており、専用機の生命線となるゲームソフトのタイトル数も伸び悩んでいる。

 図1が示すとおり、据置型ゲーム機市場は08~09年をピークに年々減少傾向にあり、市場縮小に歯止めがかからない格好だ。そうした意味でも新型機がこうした閉塞感を打破できるのか、真価が問われることになるのだが、今のところ、市場活性化の起爆剤にはなりそうにないとの意見が大勢だ。


「逆ザヤ」の主因は半導体プロセスの進化

 PS3に話を戻すと、当時はハードウエアの性能をいかに高めていくかに主眼が置かれ、その象徴が心臓部のCELLであった。結果、開発コストや設備投資が重荷となり、発売から数年は、製造コストが販売価格を上回る、いわゆる「逆ザヤ現象」が発生。結果的にソニーのゲームビジネスの業績を悪化させることになった。

 ソニーグループはPS2での成功体験をもとに、中核となる半導体から最終製品までを一貫して行う垂直統合モデルを志向していた。しかし、今振り返ると、PS2とPS3では半導体業界が置かれる環境が劇的に変わっていることが容易にわかる。
 PS2のCPUである「Emotion Engine(EE)」の立ち上げ時の製造プロセスは250nmで、ウエハー口径は200mmであった(図2参照)。しかし、PS3の「CELL」立ち上げ時は、製造プロセスは90/65nm世代まで微細化、ウエハーも300mmに大口径化されていた。当然のことながら、開発投資や設備投資は比べものにならないほど巨額化し、製造プロセスも複雑化した。


 あくまでも結果論だが、当時からユーザー目線で見れば、ゲーム機のハードウエアスペックはそれほど重要な要素ではなかったような気がする。それはハードウエアスペックで競争しなかった初代Wiiの成功が示している。

CPUはAMD/TSMC連合へ

 こうした環境の変化を受け、ソニーは今回のPS4から自前主義と決別している。AMD製のカスタムAPU(GPUとの統合チップ)を採用。CPUコアは8コアで、製造プロセスは28nm世代を採用する。MSもほぼ同じ仕様のCPUを搭載すると見られ、製造はいずれも台湾TSMCが担うことになる。SCEのプレゼンテーションなどでもハードウエアの性能はほとんどアピールされておらず、クラウドとの連携などをセールスポイントに掲げている。

 PS2/3時代に志向した垂直統合モデルから水平分業モデルに転換を図った格好だが、この構図は液晶テレビと良く似ている。シャープを筆頭にパネルからテレビまで一貫生産を図り、一時代を築いたが、台湾・韓国メーカーの攻勢の前に一気にコモディティー化。結果シャープは経営危機に陥るまでになってしまった。

 ソニーの戦略転換は、現在の市場環境を考えれば当たり前のことだが、半導体業界にとっては必ずしも好ましい流れではない。ソニー(東芝とも協業)が自前でCELLやEEの生産を行っていた当時は、ソニー1社で数千億円という大型投資が実行されたのが、製造委託先がTSMCとなったことで、その巨大な生産能力に飲み込まれるかたちとなっている。

 仮にPS4、Xbox OneのCPUのダイサイズが約250mm²前後と仮定して、両機種合わせて年間2000万台売れた場合でも、ウエハー換算で月間8000枚~1万枚の生産能力が必要な程度。TSMCの300mmウエハー生産能力は月産36万枚と巨大で(13年3月末ベース)、生産能力の2~3%を占めるに過ぎず、新規の設備投資はまったく必要としない。インテルやサムスン、TSMCなど先端投資を行う企業が数社に絞られてきていることがこうした現象を引き起こしているのだが、特に半導体製造装置メーカーにとっては、特定企業に生産能力が集中することは、デメリット以外の何物でもない。

 専用ゲーム機は国内企業が戦える数少ない最終製品市場の1つ。ソニーはもちろんのこと、目下、「Wii U」が苦戦中の任天堂にもぜひ奮起していただきたいのが本音だが、現在置かれている環境は茨の道。そういった意味でも、年末に市場投入するPS4は据置型ゲーム機市場の未来を担う大きな試金石となりそうだ。

半導体産業新聞 編集部 記者 稲葉雅巳

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