電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第455回

ヘレウスが切り拓くアモルファス合金の世界


ロボット・電子向けに日本市場を本格開拓

2022/6/3

 ボンディングワイヤーやシンタリング材料など、半導体向け電子材料大手の独ヘレウス(ハーナウ)が、アモルファス合金事業を本格展開する。日本でも市場開拓に本腰を入れる。アモルファス合金は高強度でありながら高弾性を持った特異的な性質を持つ材料で、医療分野のみならずエレクトロニクス向けにも活用が広がる次世代の注目材料だ。

通常金属にはない特徴を持つアモルファス合金

アモルファス合金は様々な用途が期待されている
アモルファス合金は様々な用途が期待されている
 このアモルファス合金事業を主導するのはグループ企業のヘレウス・アムロイ(カールシュタイン)である。スタッフは26人だが、研究開発から部品の製造まで一貫してこなせる。特に大量生産や部品に仕上げるために、射出成型や3Dプリンター加工技術を確立している。

 一般的には射出成型による部品加工が主流だが、ヘレウス・アムロイは特に3Dプリンターによるアモルファス合金の部品加工の製造技術を確立した。3Dプリンターの装置開発では同じドイツのトルンプ・レーザー・アンド・システムテクニック社(ディッツィンゲン)と提携した。射出成型と3Dプリンターでアモルファス合金を加工できる企業はヘレウス・アムロイだけとしている。

 アモルファス合金は、溶かした液体状の合金を急速に冷却することで、原子がバラバラな状態にあるアモルファス構造の合金だ。1960年にスロバキアのDuwez博士らにより、Au-Si系アモルファス合金が作製された。その後、1970年には東北大学の増本教授らによって、薄いテープ状のアモルファス合金の作成に成功し、世界的なブームを呼び込んだ。Fe、Co、Ni系鉄族合金などの多数の合金を発見した。その後、東北大学を中心に2007年ごろまでに50近い合金が発見され、日本がリードしている新たな材料分野だという。

 アモルファス合金は金属でありながら通常の金属とは異なる性質を持っている。高硬度・高強度かつ高い弾性力を誇る。通常では相容れないこれらの物理的特性から、ユニークな製品の開発につながる可能性が広がっている。すでに高級感のあるイヤホンや時計のハウジングなどに適用され、実用化されたものもある。

 アモルファス合金を使い部品加工する場合、その強度を活かして、より薄く軽く部品を加工できる。このためロボットや医療機器などのシステムの小型化が期待されている。EVなどの軽量・小型化にもつながる可能性がある。さらに結晶系材料よりも大幅に高い弾性伸長率(約2%)は、インプラント、センサー、ヒンジなどのばね特性や制振、高負荷がかかるような部品によりメリットをもたらす。

 へレウス・アムロイが注力している製品は、ジルコニウム(Zr)系の合金で、主な材料特性として高強度で優れた弾力性を保持する。弾力性は結晶性材料と比較して10倍の高い弾性を誇る。硬く、耐腐食性にも強いという。硬さは刃物などに使われているマルテンサイト系ステンレス鋼と同等以上の硬度を持つ。

 さらにユニークな点が、生体適合性も持ち合わせていることだ。細胞死や形態変化を見る細胞毒性試験を行った結果、同社が開発したアモルファス合金は、アデノシン三リン酸(ATP)の量が70%以上残っており、チタンなどの金属同様に細胞毒性は認められないという。

 すでにアモルファス合金は様々な分野で応用が広がっている。生体適合性があることから、医療用のインプラント製品として応用できることは先ほど述べたとおりだ。実際、欧州では実用化に向けたプロジェクトが進行している。

日本は圧力センサー・ロボット市場に照準

日本市場では圧力センサー向けなどで本格展開
日本市場では圧力センサー向けなどで本格展開
 またエレクトロニクス分野においては、センサー系などの性能向上に貢献するとみて応用が進められている。国内でもいくつかのプロジェクトが進行中だ。アモルファス合金は変形しにくく、耐蝕性にも優れているため圧力センサーのパッケージング材料などの素材としても注目されている。周辺の温度などにも影響を受けることなく小型化も推進できる。このため低圧領域でも高分解能で、より高精度かつ高感度なセンサー開発につながるのだ。

 さらには剛性を活かして半導体製造装置やダイヤフラムなどのコンポーネント部材としても活用できるのでは、との見方もある。

 また、ロボティクス産業への適用も検討中だ。既存のステンレスやチタンなどの金属とは異なり、耐摩耗性や耐クリープ性があるため、様々なロボット部品の加工にも適している。潤滑油がいらないギアを製造したりすることも可能という。日本市場においては半導体センサーなどのデバイスをはじめ、半導体製造装置やロボット産業の集積化が進んでいるため、ヘレウスはこうした産業領域に照準を定め、国内市場の本格開拓を進めていく。

 アモルファス合金の潜在市場はこれらにとどまらない。自動車の軽量化やEVへの貢献も狙っている。同社がラインアップしているアモルファス合金「AMLOY」は高強度と高弾性に優れているため、競合するスチール製品と比較して最大20%も軽量化に貢献すると強調する。

 今後の低炭素化社会の切り札ともなるEV市場だが、その駆動にはモーターが活躍する。そのモーターには磁界に影響を与えない、高透磁率で非常に強度の高い金属材料が必要になる。アモルファス合金は反磁性体であるため、モーターの性能を低下させることはない理想の材料となる。

 同社の製品は保磁力が非常に低く(ほぼゼロ)、磁場との相互作用がほとんどない。優れた硬度や良好なクリープ性能、優れた耐食性を擁しているため、自動車など、走行時の負荷や衝撃といった、厳しい環境下で使用されるアプリケーションにおいても最適化が追求できる。最も厳しい環境下ともいえるのが宇宙・航空の世界だ。軽量化や復元力にも優れており、NASAでの採用実績もある。探査機などのドリルヘッド製品である。

 特にヘレウスが開発したAMLOYは4元素(ジルコニウム、銅、アルミ、ニオブ)で構成されたジルコニウム系合金だ。3Dプリンターの積層造形向けに最適化され、ヘレウス・アムロイは、レーザー技術を持つトルンプと共同プロジェクトで、この合金を扱える対応装置を開発した。

 3Dプリンターの専用機であるTruPrint1000を活用することで様々な部品加工を可能にした。同装置はトルンプが2015年に市場投入した装置で、ヘレウス・アムロイのアモルファス合金の加工に最適化されている。両社はさらに大型の部品が加工できるようにTruPrint2000の3Dプリンターも開発した。より大きな部品やサイズの製品への加工に応用していく。現在では20cm角だが、1mサイズまでの大型化のめどをつけている。

 現在、アモルファス合金の原材料の生産能力は年間34tで、さらなる増産投資も視野に入れている。脱炭素化社会やDX化への取り組みが求められている現在、従来の素材・技術では突破できなかった新たな機能や価値を実現できる材料として今後注目を集めそうだ。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 野村和広

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