電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第510回

生成AIが電子デバイスにもたらすインパクト


ハイパースケーラーが関連投資を拡大

2023/7/7

 この電子デバイス新潮流のコラムにおいて、筆者は「ChatGPTは新たな半導体需要を喚起する?」(https://www.sangyo-times.jp/article.aspx?ID=8044)というテーマで3月31日に執筆した。そこから約3カ月が経ち、ChatGPTをはじめとした生成AIと半導体に関連した動きがいくつか見えてきた。

生成AI市場の拡大でエヌビディア製品の需要が急拡大
生成AI市場の拡大で
エヌビディア製品の需要が急拡大
 そのなかで最注目企業となっているのがエヌビディアだ。ChatGPTをはじめとした生成AIのトレーニングで使用するAIサーバーには、エヌビディアのGPU関連製品を中核デバイスとして使用するものが多く、生成AI市場の拡大に伴い、エヌビディア製品への引き合いが急拡大。エヌビディアは23年5~7月期の売上高として約108億~112億ドル(中間値との比較では前年同期比64%増、前四半期比53%増)という大幅な増収を計画しており、今後数四半期にわたって高水準の需要が続くとみている。また、株価も上昇しており、エヌビディアの時価総額は5月末に1兆ドルを突破。時価総額が1兆ドルを超えたことがある企業は、アップル、サウジアラムコ、マイクロソフト、アルファベット、アマゾン、テスラ、メタのみで、エヌビディアは半導体関連企業では初の時価総額1兆ドル超えとなった。

 関連する動きとしては、TSMCが6月6日に開催された同社の株主総会にて、エヌビディアに代表されるAI向け半導体の需要が旺盛であることから、これに対応したCoWoS(Chip on Wafer on Substrate)の生産能力を23年内に倍増すると言及し、24年もそこからさらに能力を2倍に引き上げるとしている。そのほかには、AMDが6月13日に開催したイベント「Data Center and AI Technology Premiere」にて、AIアクセラレーターの新製品「MI300X」を発表。最大192GBのHBM3メモリーをサポートし、生成AIの大規模言語モデルのトレーニング向けに設計されている。

大手企業が生成AIへの投資加速

 ハイパースケーラーの動向をみても生成AI関連の動きが活発化している。マイクロソフトは、エヌビディアと大規模なクラウドAIコンピューターを構築する方針を示しており、23年はAI用クラウドインフラへの投資が増えることも示唆している。グーグルなどを傘下に抱えるアルファベットは、23年の設備投資総額を22年に比べて若干増やす方針で、その内訳をみると、オフィス設備への投資は減少するが、技術インフラへの投資は大幅に増加するとみられる。データセンター/サーバーへの投資ペースも4~6月期から加速しており、年間を通して増加しつづけるもようだ。

 アマゾンは、23年における設備投資は、主に物流倉庫関連への投資が前年比で減少する見通しであることから、22年の設備投資(約590億ドル)から減少する見込みだが、大規模言語モデルや生成 AIをサポートするための投資など、AWS(アマゾンウェブサービス)の顧客ニーズをサポートするためのインフラ投資は継続する考え。メタ(旧フェイスブック)は、23年の設備投資として当初は340億~370億ドルの規模を予定していたが、現在は300億~330億ドルへと予想値を引き下げている。しかし、生成AI関連のイニシアチブを握るための投資に関しては増やす方針を示している。

 このようにハイパースケーラー企業は、生成AIのトレーニングなどに用いるサーバーへの投資を増やす方針を示しているが、一方で、通常のサーバー投資を削減している様子がうかがえる。ブロードコムの業績などをみると、その傾向がより色濃く見て取れる。ブロードコムは、23年5~7月の業績として、売上高として前年同期比5%増の88億5000万ドルを計画している。増収の牽引役として生成AI関連に取り組む顧客からの需要増を挙げており、現在生成AIに関連する売上高は半導体ソリューション事業の約15%を占めるまでになり、24会計年度(24年10月期)には25%以上になる可能性があるとみている。

 このように生成AI関連の需要は好調だが、エヌビディアが計画するような大幅な伸びは計画されていない。この理由について、カニバリゼーション(類似する自社製品同士で、それぞれの売り上げを奪いあう現象)が起きていると指摘する声が出ている。つまり、生成AIのトレーニングなどに用いるAIサーバー向けの需要は拡大しているが、汎用サーバー向けの需要は減少しており、汎用サーバーとAIサーバーを合わせたサーバー向け全体の需要としての伸び幅は大きくなっていないということだ。

 エヌビディアは汎用サーバーに比べて、AIサーバーの方がGPUの使用量が増えるため大きな恩恵を受ける。しかし、ブロードコムの製品は汎用サーバーとAIサーバーで使用量があまり変わらず、サーバー市場全体の伸びが限定的な現状では売り上げの拡大も限定的になっているようだ。また、ブロードコム製品のように汎用サーバーとAIサーバーで使用量があまり変わらないとみられる電子デバイスであればまだ良いが、AIサーバーになると使用量が少なくなるような電子デバイスであれば、現状のようなAIサーバーへ投資を振り分ける取り組みはむしろマイナスに働くことになる。

日本でも政府レベルで動き

 こうしたなか、日本でも政府レベルで生成AIに関する動きが出ている。2月に自民党で「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム」が発足したのを皮切りに、4月に岸田総理がOpenAI社のサム・アルトマンCEOと面会。同じく4月にG7デジタル相会合にて「AIの適切な活用」5原則((1)法の支配、(2)適正な手続き、(3)民主主義、(4)人権尊重、(5)イノベーションの機会の活用)で合意に至った。5月には総務省が生成AIを使いこなすネットリテラシー教材を作成する方針を表明。また文部科学省も学校での利用指針をできる限り速やかに策定する方針を示した。

 企業レベルでは、ソフトバンク(株)がエヌビディアと、生成AIや5G/6Gに向けた次世代プラットフォームの構築に向けて協業を開始すると5月に発表。ソフトバンクが今後、日本各地で構築する新しい分散型AIデータセンターへエヌビディアの製品が導入される予定だ。

 クラウドコンピューティングサービスを提供するさくらインターネット(株)は、経済安全保障推進法に基づく特定重要物資である「クラウドプログラム」の供給確保計画に関する経済産業省の認定を6月に受けた。AI時代を支えるGPUクラウドサービスの提供に向けて、3年間で130億円規模の投資をし、2EFLOPS(エクサフロップス)の大規模クラウドインフラを整備する。GPUクラウドサービスは、大規模言語モデルなどの生成AIを中心とした利用を想定しており、GPUにはエヌビディアの「NVIDIA H100 Tensor コア GPU」を2000基以上採用する。

 このように生成AIは世界中で大きなうねりを生み出し、電子デバイスの業界にも大きな動きをもたらしつつあるが、ChatGPTが公開されたのは22年11月30日で、そこから約7カ月しか経っていないことを考えると、こうした動きはまだ序章に過ぎないともいえ、23年後半も生成AIならびに関連する電子デバイスの様々な動きが出てくることは間違いないだろう。

電子デバイス産業新聞 副編集長 浮島哲志

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