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第517回

激戦!中国EV市場~トヨタのHEVに迫るBYDのNEV


寿命を削る値引き競争で淘汰加速

2023/9/1

 中国経済は2023年に明らかな成長減速となり、自動車市場では値下げ競争が横行している。23年8月に複数社が計20モデル以上のEVの価格を引き下げた。値下げをやめると販売が落ち込んでしまうため、EV新興企業は工場の投資回収などの採算性はひとまず度外視して値引きを続けている。

BYDの新型EV「海豹」(販売価格は約380万円~)
BYDの新型EV「海豹」
(販売価格は約380万円~)
 BYDなどEVシフトを果たした大手はいち早く泥試合から脱出できるとの自信を見せているが、愛馳汽車や威馬汽車(WMモーター)などの新興メーカーは当初の目論見どおりの販売目標を達成できなければ、過剰な生産能力を解消できずに黒字転換は夢のまた夢となる。ガソリン車の場合は23~26年に80%のブランドが生産停止やNEVシフトを迫られると予測する業界関係者もいる。中国のEV業界の淘汰再編は早ければ24年から始まるものと思われる。

値引き仕掛け人のテスラ

 「中国の自動車業界の値引き販売が当たり前になったのはいつ頃からなのか?」との問いに対して、上海市の自動車ディーラーのある営業マンは「新エネ車補助金の終了前後から」と当時の様子を振り返る。中国政府はもともと新エネ車の補助金支給を20年に止める予定だった。それが20年の新型コロナで中国経済や自動車販売がズタボロになり、景気対策と新エネルギーシフトが必要との理由から新エネ車補助金を2年延長した。それが終了した22年末を境に、新エネ車販売が大きく落ち込み、値下げが横行するようになった。

工場がある上海ではテスラをあちこちで見かける
工場がある上海ではテスラをあちこちで見かける
 22年10月に米テスラは中国で販売しているEV(電気自動車)の「モデルY」と「モデル3」の値下げ(1.4万~3.7万元、28万~74万円)を実施した。これにより、新エネ車補助金が終了する直前のラストスパート期(22年11月)に、テスラは中国市場で最多販売(10万台超え)を更新した。この頃には競合社の米フォードや独ベンツなども値引き販売に追随したが、まだ補助金がある売り手市場だったため、中国のEVメーカーの多くは値引き競争には参戦しなかった。

補助金切れで販売が垂直降下

 補助金効果があった22年の中国の新エネ車販売は過去最高の688万台(前年比で約2倍)を記録した。22年12月は月間81万台の過去最高を更新。しかし、新エネ車補助金が終了した翌月(23年1月)は42万台(前月の約半分)という惨憺たる状況に落ち込んだ。

 22年に最も売れたEVの「宏光ミニ」(上海通用五菱汽車)は、22年12月の7.3万台から23年1月は4100台(前月比95%減)に急落した。「宏光ミニ」は低価格EV(以前の為替レートでは日本円換算で40万円台)の花形車種として日本のマスコミでも何度も報道されたことがあるが、実は新エネ車補助金やNEVクレジット(政府が定める新エネ車販売比率を達成した環境対策企業に与えられる転売可能なポイント)を織り込んで、初めてこの低価格を実現していた。新エネ車補助金がなくなると、利益確保が難しくなってほとんど生産されなくなった。

「NIO」ブランドの蔚来汽車
「NIO」ブランドの蔚来汽車
 23年1月の中国EV市場の急縮小後、ほとんどの中国メーカーは値引き販売を始めた。テスラは23年1月に再び値下げを実施。「モデルY」は13.5~3.7%の値引き、「モデル3」は約10%の値引きを行った。BYDは一部車種で1万元(約20万円)の値引きを実施。「NIO」ブランドの蔚来汽車や「X-peng(シャオポン)」の小鵬汽車、BMW、東風汽車などが値引き競争に追随した。ガソリン車も含めば、値下げ対象車は40ブランドに拡大し、値引き幅は最大で10万元(約200万円)という例まで登場した。

「二日天下」に終わった過当値引き競争

 中国の自動車工業協会は23年3月、価格競争に対する自制を呼びかけた。しかし、自動車メーカーは「値下げで販売が上向くなら、利益を減らしてでも値下げを辞さない」と言い放って同協会の言うことを聞かず、各社の値下げ競争が拡大した。4月には新エネ車大手7社が値下げを実施。BYDは新型車種の「シール(海豹)」を3.1万元(約62万円)値引きし、20万元(400万円)未満で販売した。長安汽車も「深藍」を2万元(約40万円)値引き、吉利汽車や東風汽車、上汽通用五菱、奇瑞汽車なども値引きを断行した。さらに6月にはテスラが再び値引き販売を実施し、値引き合戦がエスカレートした。

 自動車工業協会の主導により、自動車大手16社は7月6日に連名で「過度の値下げ競争を避ける」合意書に署名した。これで値引き競争の幕が下りると思われたが、たった2日後の7月8日に独禁法違反に抵触する恐れがあるとの理由から同協定は白紙撤回された。自動車メーカーも消費者も内心では値上がりに不満を持っていたので、この騒動は何事もなかったように忘れられていった。

 協定を破棄しても値下げを続行した今回の騒動の背景には、「利益確保できている大手メーカーが値引き競争を継続して、投資回収が進んでいない新興メーカーの経営体力を奪う消耗戦を仕掛けてきている」と見る向きもある。中国の新エネ車販売は、5月に71万台、6月に80万台と伸びていたが、7月は78万台に減速した。23年1~7月期は432万台の新エネ車が販売されたが、23年の年間900万台の販売予測を達成するには、あと5カ月で468万台(月間94万台)の販売が必要だ。年後半は前半よりも販売台数を増やさなければならないため、やはり値引き販売に頼らざるを得ないという事情がある。
中国の新エネ車販売(月別)の状況
中国の新エネ車販売(月別)の状況

淘汰の波は、早ければ24年から

 テスラやBYDなどの大手は値下げしても販売台数を確保して、業績を伸ばしている。テスラにとって中国市場は世界販売の3分の2を占める重要市場であり、「中国市場で売り勝つために、値下げ競争の先頭を走っている」と中国の自動車ディーラーの販売員は話す。BYDは22年3月からガソリン車の生産を止めて、新エネ車に経営資源を集中している。BYDの新エネ車の販売台数はトヨタのHEVの販売台数に匹敵する規模にまで成長した。BYDやテスラに続く広州汽車や上海汽車、上海通用五菱汽車、理想汽車、長安汽車などは値下げ競争に追随しながら販売台数を増やしている。

 しかし、「中堅クラスには入らない新興EVメーカーは値引き競争の最終ラウンドまでリングに立ち続けられるのか?」という厳しい状況にある。23年までに経営問題が明らかになったのは、(1)愛馳汽車、(2)威馬汽車科技集団(WMモーター)、(3)中国恒大新能源汽車集団(恒大汽車)、(4)天際汽車科技集団(ENOVATE)、(5)「自游家(NIUTRON)」ブランドの江蘇火星石科技(旧称:江蘇牛創新能源科技)、(6)雷丁汽車集団(LETIN)、(7)安徽奇点智能新能源汽車(奇点汽車)、(8)宝能汽車など枚挙にいとまがない。このうち雷丁汽車と奇点汽車はすでに裁判所が破産申請を受理している。中国の新エネ車業界は近いうちに淘汰・再編の時代に突入する見通しで、もはや避けられない事態に近づいている。

世界の新エネ車販売
世界の新エネ車販売

電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

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