電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第518回

自動運転へ「第3のセンシング」に新たなウェーブ


LiDARに加え、イメージングレーダー、FIRカメラなど台頭か

2023/9/8

 世界的なカーボンニュートラル社会の実現に向け、CO2排出量削減を目指し、2030年代半ばごろから世界各国が内燃機関車販売禁止に舵を切る方向性が打ち出された。これを受けて自動車業界では、自動車の「電動化」が最優先事項となり、各自動車メーカーから自動車の電動化計画・目標が続々と公表され、電動車(xEV)が中国、欧州、北米を中心に2021年あたりから倍々ゲームで加速している状況にある。23年4月後半に国際エネルギー機関(IEA)が公表したデータをみても、世界電気自動車(EV、PHEV)の新車販売台数は20年に前年比43%増の297万台、21年は同2.2倍の650万台、そして22年には同1.6倍の1020万台と加速度的に拡大しており、しかも中国を筆頭にその9割強を中国、欧州、米国が占めるという状況にある。

 さて、こうした電動化機運の高まりを受けて、2023年に入って取材を行う中では、レベル3以上の自動運転に向けた動きが2~3年後ろ倒しになる可能性が強まっている印象(27~28年ごろからと推測)だ。それに伴って、レベル3以降の自動運転に向けた360度センシングを実現するADAS(先進運転支援システム)機能として、より冗長性を担保するため、既存の車載センシングカメラ、ミリ波レーダーに加わる「第3のセンシングツール」の選択肢に、新たなウェーブが起こり始めているのではないか、ということを日頃の取材活動から感じ始めている。キーワードは「LiDAR」「4Dイメージングレーダー」「遠赤外線(FIR)カメラ」だ。今回は、この角度で検証してみたい。

3D LiDARを巡る動向

 数年前まで、「第3のセンシングツール」の筆頭に挙がっていたのは「3D LiDAR」であり、現在も有力候補の一角にある。3D LiDARは、既存の車載カメラ、ミリ波レーダーなどの検知ツールよりも、距離、形状、位置などの3次元情報を高精度に取得できる利点があり、さらなる冗長性を向上させるうえで確実な効果が期待できるからだ。

 また、製品も進化しており、この自動運転に向けた3D LiDARは、従来の駆動部にモーターを用いて、レーザーと検出器を回転させながら360度全方位検出を可能にする機械的回転方式ではなく、半導体技術やレンズなどを含む光技術により、駆動部を伴わない「ソリッドステート型」や、モーターレスで電磁式MEMSミラーによるレーザー光走査の「MEMS型」である。これにより、小型化、量産効果が伴えば低コスト化も可能になるとして、数年前には世界各国から参入メーカーがひしめく状況にあった。しかしその後、車載向け3D LiDARでは、実際に大手OEMメーカーや大手ティア1とのコラボレーションなど、なんらかの搭載シナリオが見えているプレーヤーにある程度絞り込まれてきた状況にある。

 そこで、各社の実態がどうあるのかを把握すべく、LiDARを専業としている主要メーカーの米Luminar Technologies、イスラエルのInnoviz Technologies、米Ouster、米Ceptonの直近の業績内容をチェックしてみた。結果、いずれも営業利益面では多額の損失を計上している状況にあり、開発費などがかさむ状況下、資金調達力も要する厳しい現実がみえてくる。詳細は割愛するが、これらLiDAR各社はコアとなるSoCやASICなどの半導体チップ、ソフトウエアなどの設計・開発は自社内製(※チップの製造は外部委託)で差別化している。かなりの開発費を要していることが想像され、今後、実搭載までまだ数年間を要することを勘案すると、収益が得られるまでにはもう少し時間がかかることになるだろう。こうした状況を反映してか、米OusterはLiDARの老舗メーカーとして知られるVelodyne LiDARと2023年2月に対等合併を果たし、Ousterを存続ネームとしてニューヨーク証券取引所での上場を維持するという動きも起こっている。


 なお、こうした中で、Luminarは日産自動車が2030年までにほぼ全新型車に次世代LiDAR技術を搭載予定であるほか、メルセデスベンツ、Volvo、上海汽車集団(SAIC)など自動車大手のビッグネームが先々の採用を表明しており、具体性が増してきている。また、Innovizも23年8月に入り、BMW 7シリーズに向けて開発中の次世代LiDAR(Innoviz TWOがベース)においてBサンプルの開発を開始したほか、リアルタイムの運転判断を管理する二次的な安全運転判断プラットフォームとして機能するという、将来に向けたLiDARベースのMRM(Minimal Risk Maneuver)システム開発に向けた第1フェーズをスタートさせるなど、こちらも実現に向けて着々と歩みを進めていることがうかがえる。

4Dイメージングレーダーが台頭

 一方、2023年に入り、リアル展示会の開催も増えてくる中、自動車関連の展示会などに足を運んだり、日頃のニュースなどに目を光らせていると、「4Dイメージングレーダー」、「遠赤外線(FIR)カメラ」などの最新開発動向に出会う機会が増えてきた。これらも「第3のセンシングツール」の座を狙う製品群なのだ。

 まず現状において、4Dイメージングレーダーでなんらかの製品展開のアナウンスをしている参入メーカーをざっとチェックしてみたところ、蘭NXP Semiconductors、独Continental Automotive、独ZF、独Bosch、イスラエルのVayyar、日本勢ではデンソー、パナソニック、ルネサス エレクトロニクスなどが見受けられる。4Dイメージングレーダーでは、距離、速度、水平角、仰角の4次元の高精度情報が得られることを特徴とする。多チャンネルアンテナと高度な信号処理の実装が肝となるようだ。

 直近で筆者が展示会「人とくるまのテクノロジー展NAGOYA」で遭遇したのが、デンソーが開発中の「イメージングレーダー」だ。水平方向と垂直方向の両方向で角度分解能を高めたことで、詳細な点群情報出力、つまり高解像度化に成功し、物体や障害物の輪郭検知が実現するという。実際にこのイメージングレーダーを搭載した場合、交差点などで合流する車両の向きや動きを正しく認識できたり、狭路走行時に自車両が通過可能な空間があるか否かの正しい認識も可能になるという。また、検知距離は従来の156mから350m以上まで延伸するようだ。説明員からは、「LiDARに比べてコストメリットもある」との発言も聞かれた。2028年の量産開始を目指しているといい、まさに冒頭で20年代後半からとしたレベル3以降の自動運転シナリオとマッチするロードマップだと感じた。

 また23年5月には、NXP Semiconductorsが、レベル2+以上の高度自動運転サービス実現に寄与するNXP製の4Dイメージングレーダー技術が、高級スマートEV(電気自動車)で先行する中国のNIO(上海蔚来汽車)に採用されたことを発表。22年12月後半には、ZFが4Dイメージングレーダーを中国のSAIC Motor(上海汽車集団)のEV「Rシリーズ」向けに供給を開始したとのアナウンスもあった。192チャネルにより、一般的な自動車用レーダーに比べて16倍の解像度を可能にし、最大350m先まで周辺環境や物体情報を取得できるとする。歩行者の個々の手足の動きも検出可能だといい、歩いている方向認識までできるようになるようだ。

FIRカメラで新たな動き

 話題は変わり、もう1つの候補である「FIRカメラ」。このカメラは、非冷却遠赤外線センサーであるマイクロボロメーターアレイセンサーを搭載し、人間の波長である8~14μm帯を暗闇でも数百m先までパッシブ検知可能な利点から、車載向けでも夜間の歩行者検知、動物検知向けなど一部で採用事例も存在する。しかし、高額であったり、ガラスが遠赤外線波長を透過しないことや、車両への設置個所がフロントグリルなどに限られるなどの制約から、なかなか普及が進まなかったのが実態だった。

 ところが23年に入り、車載関連の展示会でAGCが、フロントガラス内に可視光(近赤外線)カメラとともに搭載を可能にする「FIRカメラ対応フロントガラス」を披露していた。説明員の話によればAGCは、このFIR波長領域を透過する特殊材料の開発に成功し、フロントガラスの一部にFIR透過の特殊材料を一体化して実現したのだという。実使用を見据え、ワイパー摩擦への対策、像の歪みのない平滑性なども考慮しており、20年から米国で走行試験も重ね、実用化可能な確証も得られているとのことだった。これにより、フロントガラス内にFIRカメラが搭載できるという選択肢が生まれることになる。日本勢の新たな動きという点では、数年前からTDKも、車載向けにナイトビジョン用遠赤外線イメージングセンサーを展示会で参考出展する動きも見られている。


 こうした動きを受けて、筆者の個人的関心もあり、従来車載向けFIRカメラで量産実績を持っている旧AutoliveのFIRカメラの今を知りたく調べてみたところ、Veoneerに買収されたことは把握していたが、直近、大手ティア1の米Magna Internationalがアクティブセーフティービジネス強化に向けて、23年6月1日にVeoneerから買収し、現在はMagnaの中に行きついていることがわかった。Magnaは自動運転向けセンシングシステムに精通する存在だ。今後のレベル3以降の自動運転に向けて、自動車OEMのニーズに合わせて、FIRカメラも含めて最適なセンシングツールを巧みに絡めたソリューション展開を図ってくることがイメージされる。

 さらに、このマイクロボロメーターアレイセンサー大手として知られる仏LYNREDの最新動向もチェックしてみたところ、なんと23年5月に、約8500万ユーロを投じて、最先端のマイクロボロメーターセンサー生産用の「Campus」と名づける新工場を建設することがアナウンスされていたのだ。すでに5月から着工しており、25年第4四半期(10~12月期)からフル生産を計画するもよう。これは同社が1986年に製造を開始して以来、最大規模の投資となる。25年までにマイクロボロメーターセンサーの生産能力を50%増強、30年までに100%増強するというロードマップが示されている。

 しかも、自動車産業を含む複数の分野で使用されることを想定しているもようで、「Automotive」という言葉が含まれていることから、自動車向けでこのセンサーを用いる何かが動き出していることを意味しているとみる。ちなみに、この投資により、クリーンルームは現状の2倍となる合計8200m²に拡大する。1300人の雇用も予定しているようだ。

 ちなみに、LYNREDは、マイクロボロメーターではピッチシュリンクの限界と見られていた10~12μピッチを超えて、最新では8.5μピッチのVGA(640×480ピクセル)品の開発にも成功している。この開発品も自動運転に向けて今後、なんらかのかたちで市場にお目見えしてくることになるのか、注目される。

AGCの「FIRカメラ対応フロントガラス」展示品
AGCの「FIRカメラ対応フロントガラス」展示品
 このように、レベル3以降の自動運転における360度サラウンドセンシングに向けた「第3のセンシングツール」の座を巡り、開発品も含めて、3D LiDAR、4Dイメージングレーダー、FIRカメラという複数の選択肢が浮上してきた。まさに技術進化が繰り広げられている真っ只中であり、今後、自動車メーカーも絡めた様々な展開が図られていくことだろう。この「第3のセンシングツール」の動向を追いかけながら、技術の進化は日進月歩であることを改めて実感している。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 高澤里美

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