電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第519回

サムスン半導体スパイ事件に異議


弁護士が無罪主張、繰り返される技術・人材流出問題

2023/9/15

 韓国の国家核心技術だと主張する半導体工場の設計図を盗み、中国への工場建設を企てたサムスン電子の元幹部が逮捕された。京畿道水原(スオン)地検防衛事業・産業技術犯罪捜査部は2023年6月12日、サムスン電子出身で半導体製造分野の権威といわれる崔氏(仮名:チェ・ジンソク)が同社の半導体技術をコピーし、中国西安に同様の半導体工場建設を試みようとした嫌疑で崔氏を拘束、起訴。崔氏が代表理事を務める会社(成都に設立した成都高真科技・CHJS)の従業員など、共犯6名を不拘束、起訴したと明らかにした。


 崔氏は18年間サムスン電子で勤務し常務理事として退職(2001年)、以降SKハイニックス(旧ハイニックス)に転職し10年間余り副社長を歴任した半導体製造分野のスペシャリストである。崔氏のこうした輝かしい経験と専門性が評価されて、中国と台湾から巨額の資金誘致を進めた。中国成都市政府から3億5000万ドルの投資を引き出し、成都で法人を設立。台湾からは8兆ウォンという巨額の投資約定書でシンガポールに法人(Jin Semiconductor PTE.Ltd)を設けた。崔氏はサムスンとSK出身の半導体人材200人程度もリクルートした。

 水原地検は、崔氏が中国工場の建設過程でシンガポール法人の従業員にサムスンの営業秘密資料を使用するよう、積極的に指示したと判断している。サムスンの協力会社を経由して秘密資料を入手し、中国工場建設に盗用しようとしたという。その過程で、サムスン半導体工場のBED(半導体クリンルームの最適化技術)やプロセス配置図、設計図面など重要技術とサムスンの営業秘密が不正に使われたと結論づけた。

 水原地検は「同技術は、サムスンが30年以上の間に蓄積した営業秘密だ」とし、「少なくとも3000億ウォンから最大で数兆ウォンの価値を持つ技術情報だ」と説明。崔氏などはサムスンの西安工場からわずか1.5kmしか離れていない場所で、サムスン工場と同様の工場建設を謀ったという。

 しかし、台湾からの8兆ウォン投資は不発となり、DRAMの量産は霧散したといわれている。「半導体技術と製造ノウハウが海外に流出することで、韓国半導体産業は甚大な打撃を受ける」、「企業の存亡を脅かし、国家経済に致命的な損害を与える半導体技術や営業秘密の侵害行為に対しては、厳正に対処していく計画だ」(水原地検)と強調する。

被害会社の特定を間違え無罪

朴賢哲弁護士
朴賢哲弁護士
 ところが、そのような水原地検とサムスンの主張に真正面から異議を申し立てている人物がいる。朴賢哲(パク・ヒョンチョル)弁護士(法務法人・調律)だ。同事件における水原地検検事の公訴事実は、大きく次の3つに分けられる。第1は、サムスン華城工場16ラインのBED。第2は、サムスン西安工場の工程配置図(レイアウト)。第3は、サムスン西安工場の設計図面である。秘密保持契約(NDA)が登場する技術流出事件については通常、被害会社の特定が最も重要だ。被害会社の特定を間違った場合は、単純に被害者だけを変更すれば済むことではなく、前提された事実関係の全部および公訴事実の全体を変更しなければならない。したがって、起訴状の変更は不可能なために、韓国では例外なしで無罪が言い渡される。「この事件の場合、前述3つの資料すべてにおいて各被害会社の特定を間違っていることから、皆が無罪である」(朴弁護士)。

 まず、サムスン西安工場の設計図面の場合、同事件の証拠記録に㈱サム総合建築士事務所(ソウル市松坡区、以下、サム設計)とハンミグローバル建築士事務所(ソウル市江南区)のそれぞれの契約書がある。各契約書には秘密保持の内容がありNDAの内容も重要だが、「どの会社が作成したのか。また、その資料の作成に際し、どの会社の技術が使われたのかの可否により、被害会社が正しく特定されたかを判断する」(朴弁護士)と説明する。したがって、設計図面はサム設計の技術で作成したため、原則的にはサム設計にその権利がある。

 この事件の起訴状および証拠全体は被害会社をサムスン電子に特定し、サムスン電子であることを前提としている。朴弁護士は「西安工場の設計図面は、サムスン電子ではなくサムスン(中国)半導体有限公司の所有だ」とし、「実際、前述2社の各契約書の契約当事者もサムスン(中国)半導体有限公司(SCS)になっている」と説明する。

 また、西安工場の工程配置図(レイアウト)のケースもSCSにその権利があるため、この部門も被害会社の特定を間違ったので無罪だという。ただ、このレイアウトの場合、前述の設計図面とは異なり、水原地検は国家核心技術として産業技術流出防止および保護に関する法律(以下、産業技術保護法)の違反で起訴した。この部門は別の理由で無罪だという。検事の起訴状には「不詳の方法でレイアウト・ファイルなどを取得した」と明記。不詳の方法というのは、検事は被告人が同ファイルをどのように取得したのか分からないということなので、不正取得が立証できないことから無罪だという。

 最後に、華城工場16ラインのBEDの場合、検事は重要技術だとし、産業技術保護法違反を適用した。しかし、ファイル取得者(被告人6)は12年ごろに、業務中に業務上の必要により取得したことが確認でき、仮にそうだとすれば該当ファイルに接近し認知・使用する権限があったことから、「不正取得」には当たらないので無罪だという。

 また、サムスン電子はBEDが重要技術だとし、「作業環境測定報告書」に対する国家核心技術の判定書を提出し、検察はこれを受け入れた。だが、同報告書には「単位作業の場所別の化学物質の商品名、測定手順、レイアウト、月間取扱量などの情報」があることこそ国家核心技術に該当するという。けれども、同BEDにはそうした情報は一切なく、BEDは国家核心技術といういかなる証拠もないことから、産業技術保護法違反は無罪だと、朴弁護士は強く主張している。

ダビデとゴリアテの闘い

 今回の産業スパイ事件のように、韓国の国家核心技術に指定された半導体技術が、中国をはじめとする海外に流出する事例が繰り返されるのは、それほど韓国半導体工程技術を欲しがる国家・企業が多いことを意味する。韓国国家情報院(KCIA)産業機密保護センターの資料によれば、ここ5年間に摘発された海外技術流出事件のうち、半導体が24件で最も多い。特に、他の追従を許さない韓国のDRAM製造技術は、国際的な「技術ブローカー」の格好の標的になっている。米中の半導体覇権戦争が先鋭化し、グローバル半導体サプライチェーンの見直しが加速するなか、こうした技術や人材流出はさらに頻繁になるとみられている。

 韓国半導体産業協会(KSIA)と全国経済人連合会(日本の経団連に相当)は水原地検の捜査発表に合わせて、「国家核心技術流出犯罪の量刑基準」を高めるべきという内容を盛り込んだ意見書を韓国最高裁に渡した。実際、最高裁の司法年鑑の資料によれば、21年に産業技術保護法の違反で裁かれた一審事件33件のうち、無罪と執行猶予が87.8%と大半を占めている。全国経済人連合会が推算した韓国の年間技術流出被害額は56兆2000億ウォン。これは22年年間の韓国の推定名目国内総生産(GDP)2450兆ウォンの2.3%に相当する金額である。これにより、韓国特許庁と最高検察庁も最近、量刑委員会を開いて営業秘密の侵害などといった技術流出犯罪の量刑基準を見直すことにしている。

 朴弁護士は「今回の裁判には必ず勝つと確信している」と言い切る。輸出主導型韓国経済において、半導体の割合は全体輸出額の2割強を占めている。液晶パネル市場を韓国勢から奪い取った中国が、万が一DRAMを大量に生産できることになれば、液晶パネルの二の舞になる日は遠くなかろう。今回の産業スパイ事件は、韓国検察とKCIA、サムスン電子のそうした危機意識の表れかもしれない。朴弁護士らと国家核心技術の流出という大義名分の原告との「ダビデとゴリアテの闘い」は、これから長い歳月を要する見通しだ。

電子デバイス産業新聞 ソウル支局長 嚴在漢

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