商業施設新聞
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No.409

東京人のためのトウキョウ


古沢 大輔

2013/5/21

 「遠くの親戚より近くの他人」と、ことわざにいう。遅まきながら東京駅・丸の内エリアにオープンした商業施設「キッテ」(KITTE)を訪れた私は、(遠くの旅より、近くのキッテというべきか、ふふ)などとひとりごちて、悦に入った。
 その施設を訪ねたのは、大型連休も明けた5月8日の平日昼間。すでに3月21日のオープンから1カ月と少し経っていた。本当はプレオープン時に伺うつもりだったのが、ここのところの開業ラッシュで仕事が立て込み、先延ばしになっていた。たまたま三菱ビルに用事ができ、この方面に足が向いたので、ようやくお目見え叶うことになった。

 話は少し寄り道するが、商業施設新聞の年間で最も忙しい季節は春である。この春も例年に違わず、グランフロント大阪、酒々井プレミアム・アウトレット、武蔵小杉東急スクエア、ボーノ相模大野など多くの大型商業施設がオープンした。
 ただ、渋谷ヒカリエや東京スカイツリー/東京ソラマチ、東急プラザ表参道原宿、ダイバーシティ東京プラザ等々の開業に沸いた12年春に比べるとやや地味な印象は否めない。だがそれはもっぱらスカイツリーに世界記録や時代性を絡めた高いニュース性があったためであろう。派手さこそないが、今年度はSC開業数が昨年度実績に比べてほぼ倍増すると予測されている。つまり全体で見ると、また業界の目線からすると、実は商業開発は今年の方がずっと盛り上がっているのだ。

巨大な吹き抜け。天井から自然光が差し込む
巨大な吹き抜け。天井から自然光が差し込む
 キッテについてはあらかじめ担当記者から「なかなか良かったよ」との感想を聞いてはいたものの、詳しい中身はほとんど聞かずにいた。予備知識を持たずに現地を訪れたのだが、これが“なかなか”どころか、かなり良かった。
 後で調べたところ、設計は三菱地所設計、外観デザインは建築家のヘルムート・ヤーン氏が手がけたという。また、キッテの内装デザインを、最近ではスターバックスの「太宰府天満宮表参道」に代表される商業建築でも活躍中の隈研吾氏、リーシング協力を三菱地所が担当している。

知らない街を歩くような楽しさがある
知らない街を歩くような楽しさがある
 キッテは、旧東京中央郵便局跡地にできた高層ビルの低層部にある商業施設だ。東京駅の丸の内南口を出ると、まず44本の白い縦棒がずらりと並ぶ一隅に目が行くが、ここがその商業施設の入り口。これらの縦棒にはよく見ると「KITTE」の文字が潜り込ませてあり、どこかユーモアを感じさせる。
 建物に入るとすぐに、海外の大聖堂を思い起こさせるような、巨大な吹き抜け空間が広がる。天井までの高さはおそらく20m近い。白い梁で碁盤目状になった天井にすりガラスがはめ込まれ、そこから自然光が燦々と降り注ぐ。床にはその陰影で灰青色の幾何学模様ができている。天井から吊るされたボールチェーンも美しく、光がそこを伝ってこぼれ落ちてくるような幻影を覚えた。

硬軟を織り交ぜて多様な店づくり(Floyd)
硬軟を織り交ぜて多様な店づくり(Floyd)
 個人的に一番心打たれたのは、吹き抜けや屋上の環境、トイレ、内壁といった共有部分の意匠もさることながら、各テナントの店舗デザインが素晴らしいこと。多種多様な素材、照明、見せ方があって、1店として重複する内装がない。まるで商店建築の見本市だ。店舗構成もいい。巨大な吹き抜けがあるため、面積の割に店舗数は98店にとどまるが、その分しっかり選び抜いたであろうことがお客にも伝わってくるリーシングだった。

 こうして小一時間は、ほくほくして施設内をうろついたのだが、店の1店1店に独立した“場”がつくられ、それが集まってきちんと街が形成されている点に感銘を受けた。今どき地方のどこへ行き、どの駅で降りても、駅前には同じようなターミナルが広がるばかりだ。それなら東京駅前にあるこの商業施設を訪ねた方がよっぽど街らしい街に出会える。
 キッテは、歩くだけで“浅草”や“スカイツリー”といった単語が耳に入るほど主に年配の観光客で気ぜわしいが、そうした雰囲気に寛容でいられるなら東京人でもきっと楽しめる。ここにあるのは東京ではなく、トウキョウなのである。
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