電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第11回

半導体商社はどこから来てどこへ向かうのか!!(その5)


~半導体は作れば10万個1バッチの時代に突入~

2013/6/7

 1990年代に入ると、バブルが破裂して日本の経済は長期の低迷期に入ります。それでも半導体産業はまだましな方で、80年代程ではないにしてもプロセスの微細化、これに伴う高性能化、低価格化があり、その使われる分野は広がっていきます。

 この90年代の初めにはパソコンが登場します。しかし、初めのうちは、パーソナル・コンピューターのパーソナルとは名ばかりで、自家用車とほぼ同じ価格でした。しかし、世界のコンピューターへの需要は高く、そしてアップルとマイクロソフト・インテル連合の激しい競争が起きます。ここでも悪貨は良貨を駆逐して、マイクロソフトとインテルの連合、いわゆるウインテルが標準となります。

 この競争自体は半導体商社には直接の影響は少なかったのですが、パソコンがメモリーを大量に使うことから、DRAM戦争、ウエハーのサイズ・アップ競争が始まります。日本ではやんごとなき御方のためにDRAMを諦め、海外のICメーカーの優先採用が始まりました。

 しかし、微細化はマイコンにもFPGAにも、そしてアナログのICにすら良い影響を大きく与えます。プロセスの微細化は、FPGAでは1つのシリコンにおけるセルの数の増加に直結します。より大きな規模の高速で動作が可能なFPGAを作ることが可能となりました。マイコンではより処理能力の大きい高速クロックの使える物が作れます。これらの相乗効果によりFPGAも採用分野は広がり、マイコンの価格はドラスティックに下がりました。

 この影響がはっきり出てきたのは、ITバブルが終わり、SARSが流行った2003年ごろからです。半導体は「作れば10万個が1バッチでできてしまう」といったことになったので、単体の74HCxxといった汎用のICがどんどん無くなってきます。90年代には家電品ほか、大体の製品のアイデアが固まっている商品へは、それら専用のマイコンが作られるようになりました。
 2000年代にはますますこの傾向が強まりますが、同時に1ロットの数量の増加が起きました。本来、秋葉原から発した半導体の商社の利益の源泉は、少量の顧客に相応の高い価格で購入してもらうことにありました。今でも、この路線を採っている半導体商社はあります。しかし、2000年代に始まった電子部品のインターネット販売により、小規模の秋葉原から発展した商社、秋葉原にあった商社は廃業や身売りを余儀なくされてきています。

 FPGAやマイコンはプログラマブルな製品とはいえ、サイズやピン数、能力でかなり細分化されています。細分化されていても、その1種について万単位で購入をしなければ商社の役目が果たせません。資本力も必要ですし、これだけ大量に購入すれば、大量に使ってくれる大口が重要となります。

 さらに、2000年代半ばになると、大きな規制、マイナスとなる規制が欧州からきます。いわゆるRoHS規制です。鉛フリーに始まり、重要化学物質6物質へと、ICや電子基板に使われる材料に厳しい規制がかかってきます。

 この規制を実際の製造現場へ伝えるのも商社の役目とされました。そこで、外資系から始まり、国内の商社にも品質管理を行う部門を作るようになりました。

 ところが今、半導体商社のマージン、購入価格と販売価格の差は1桁%の低い方です。このマージンでは、半導体商社はかかる諸経費、デザインのサポート、情報の配布、不良解析の手伝い、RoHS規制への対応を行うには不十分です。そこで、ある商社は基板のアセンブリーやソフトの下請けに業態を切り替えています。ある商社は他の商社に身売りをしました。

 半導体産業が伸長して、大きなウエハーを採用するようになったころからこの事態は予想されていましたが、ユーザーからの価格の圧力に屈してウエハーのサイズを大きくした結果、大きなビジネスしか扱えない。しかし、1件が数億円から数十億円になるビジネスは半導体メーカーからユーザーへ直に行われ、商社が介在する例は稀です。

 では中小企業を相手に、そこそこの数量のビジネスをするには、ロットの数量が大きすぎて半導体メーカーがサポートできません。無理にサポートしようとすると、メーカーが在庫と赤字を蓄えることとなり、現在の日本の半導体メーカーの惨状につながっています。

 当然、その半導体メーカーの商社も影響を受けます。大口のユーザーは直となり、小口の顧客のサポートは思うようにはできない。

 米国のある半導体メーカーの大手は、数年以上前にこの状態を見越して、大口径の半導体のプロセス工場への投資を見送り、その後、中小のアナログ製品を作っている半導体メーカーを買収して、比較的、小さい規模のビジネスに集中して成功しています。

 「産業30年寿命」という話もありますが、半導体も大きく伸長した70年代からすれば、すでに40年を超えています。そして多くの自己矛盾を抱えるようになりました。

 その一部である半導体商社、電子部品商社も例外ではなく、ユーザーの海外移転、インターネット通販での部品販売の好調から大きな利益の元となる2つを失って、これからどのようにサバイバルをしていくのか、正念場でしょう。しかし、日本の多くの半導体商社の社名にはもともとは繊維を扱っていたと分かる名前が多くあるなかで、業態を変え、これからの時代に応じた商売に乗り換えられれば、さらなる発展が待っているでしょう。
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