電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第531回

車載用LiBの新潮流となるか「LMFP」


低コストかつ高性能、主力技術に躍り出るか

2023/12/8

 電気自動車(EV)をはじめとした車載用リチウムイオン電池(LiB)としては、正極(活物質)にリン酸鉄リチウム(LFP)を用いたLFP LiBや、NMC(ニッケル:マンガン:コバルト)のNMC LiBおよびNCA(ニッケル:コバルト:アルミ)のNCA LiBといった三元系LiBが広く採用されている。LFP LiBは、低コスト、高安全、長寿命が大きな特徴だが、一方でエネルギー密度において三元系LiBに及ばない。そのため長距離EVには向いていないとされていた。

 こうした中、LFPにマンガンを加えたリン酸マンガン鉄リチウム(LMFP)を用いたLMFP LiBが注目されている。LFP LiB同様に低コスト、高安全、長寿命に対応しつつも、三元系LiBに匹敵するエネルギー密度を有するためだ。2024年以降に量産がスタートする予定で、主力技術に躍り出る可能性がある。

オリビン構造で高安全・長寿命

 LMFP LiBは鉄の一部をマンガンに置き換えた、LFP LiBの派生技術。容量自体はLFPとほぼ同じだが、駆動電圧が約3.3VのLFPより0.5V程度高いためエネルギー密度が向上する。また、結晶構造はLFP同様に強固なオリビン型であることから熱安定性に優れ、過充電や高温に対する高い安全性を有する。これにより長寿命化に対応する。

 これに対し層状岩塩型のNMCは構造が脆弱で、電池劣化や熱暴走の可能性を孕む。また、LMFP LiBはコバルトを使用しないためNMC LiBよりもコストを低減できる。

 製造プロセスは、LFP同様に固相合成法と液相合成法の2つ。後者は液相で合成するため純度が高く、結晶がより強固となる。これにより熱安定性が高くなり、より高安全と長寿命に寄与する。

Gotionら、24年に量産化

 参入企業はLFP LiBで圧倒的なシェアを持つ中国勢が中心だ。LiB中国3位でフォルクスワーゲン筆頭株主のGotion High-techは今年5月、LMFP LiB「Astroinno」を製品化し、24年にも量産化することを明らかにした。同製品を搭載したEVは、一充電距離1000kmに達するという。

 同社によるとセル重量エネルギー密度は240Wh/kgで、LFP LiBの160~210Wh/kgよりも高く、またNMC LiBの230~280Wh/kgやNCA LiBの220~270Wh/kgよりも若干低い。また、体積エネルギー密度は525Wh/Lで、これも三元系LiBよりも若干低い値となる。

 一方、コスト面ではLFP LiB比5%、NMC LiB比20~25%それぞれ低い。さらに、サイクル回数は常温環境で4000回、高温環境や超急速充電(18分)で1800回としており、車載用LiBとしては遜色ないレベルとなっている。

SVOLTの「Dragon Armor Battery」
SVOLTの「Dragon Armor Battery」
 グレート・ウォール・モーターズ傘下の新興LiBメーカー、SVOLT Energy Technologyは高安全、高エネルギー密度に対応した新型LiB「Dragon Armor Battery(DAB)」のラインアップにLMFP LiBを加えている。24年にも量産化する見込みで、EV一充電距離900kmを実現する。

 同社によると、LMFP LiBは重量エネルギー密度(セル)が220Wh/kg、体積エネルギー密度(同)が503Wh/L。製造コストはNCM LiBより約10%低いという。

 DABは新たな熱電気分離設計を施した独自のパック技術を適用。安全性や急速充電性能を向上するとともに、パックの体積効率を最大76%まで高めることに成功した。DABではLMFP LiB以外にもLFP LiBとNCM LiBもラインアップしており、EV一充電距離は前者が800km、後者が1000kmを実現する。

 中国勢ではBYD、CALB、Farasis Energy、JEVEらも開発を進めている。また、材料メーカーのShenzhen Dynanonic、Ningbo Ronbay New Energy Technology、LithitechらがLMFPを生産中だ。

太平洋セメント、25年ごろ量産化

 国内メーカーでは太平洋セメントがLMFP「ナノリチア」を開発中。中央研究所(千葉県佐倉市)内の実証プラントにおいて実証しており、25年ごろの量産化を目指している。

 同社によると、ナノリチアはニッケルやコバルトを含む既存の正極と電圧が同等であるため、単独での正極材としての利用のほか、既存の正極材に混合して性能を落とすことなく信頼性を高めるができるという。製造プロセスにおいては独自の水熱合成技術(液相合成法)によりナノサイズレベルの均一な粒子の合成を可能にした。また、独自のカーボン被覆技術により材料の導電性を向上。これにより、従来のLMFPでは引き出せていなかった材料のポテンシャルを十分に発揮させることに成功した。

CATL、「M3P」を開発

 一方、蓄電池トップCATLはLFP LiBの派生技術「M3P」を開発している。これは鉄をマグネシウム、亜鉛、アルミニウムなどに置き換えたもの。22年、報道では今年からテスラ製EV「Model3」に搭載されるとされていたが、実際に使われているかは不明。

 CATLはLFPを使った新型車載用LiB「神行超充電池」も開発しており、テスラ製EV「Model Y」向けに24年1~3月期から出荷する見込みだ。神行超充電池は、正極、負極、電解液、セパレーターといった構成部材を最適化することで4Cレートの充放電速度を達成するとともに、通常のLFP LiBを超えるエネルギー密度化を実現する。性能面では常温下10分で80%の充電が可能。マイナス10℃の低温環境下でも30分で80%まで充電できる。また、一充電EV航続距離は700km。

LFP LiBを一部置き換え

 LFP LiB同様に低コスト、高安全、長寿命に対応するLMFP LiBだが、業界ではLFP LiBを部分的に置き換えていく可能性が高いと言われている。少なくともLFP LiBが半分を占める中国市場では普及していくとみられる。一方、NMC LiBやNCA LiBからの置き換えは不透明だ。その理由はこれら技術がLMFP LiBよりエネルギー密度が高いためで、今後さらに向上していく可能性があるためだ。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東 哲也

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