パワー半導体の市場環境は一気に悪くなってきている。すごい勢いで伸びてきた市場が、EV失速の影響を大きく受けているのである。世界的なEVブームは一気にトーンダウンし、当面のエコカーの主役はやはりハイブリッド車に帰結している。EVは決して安く作れないのであり、ハイブリッド車で欧米の排ガス規制をクリアできることも実証されており、何が何でもEVという風潮は一気にトーンダウンしている。
こうしたEV失速により、パワー半導体も大きく影響を受けている。とりわけ、SiCパワー半導体はメタメタになっている。EVの失速に加えて、中国勢の攻勢が強まってきたことで日本国内各社に加え、海外勢においてもこの影響を受け始めた。
中国のSiCデバイス企業はBYD、SANAN、スターパワー、CRマイクロなどすでに50社を超えているようだ。もちろん、雨後の筍のように出てきたのだ。儲かるものなら何にでも手を出す、という中国企業がSiCパワー半導体に舵を切ってきた。そして、地方政府の補助金はすごい勢いでこれらのSiCデバイス企業に投入されている。補助金目当ての企業たちが次々と生まれるのは太陽電池しかり、液晶産業しかりであり、この傾向は止まることがない。
こうした状況下で、国内外のパワー半導体各社の経営状況は急速に悪化している。何と、SiC半導体大手のウルフスピードはこの6月に経営破綻してしまった。同社からSiC基板の供給で契約を結んでいたルネサスは、SiCパワー半導体の開発中止を発表した。パワー半導体やアナログ半導体の受託生産を目指したJSファンダリもまたこの7月に破産したのである。
既存の大手パワー半導体メーカーもひどいことになっている。ロームは、SiCをはじめとするパワー半導体の一気低迷により、2025年3月期に12年ぶりに最終赤字を計上したのだ。そして、三菱電機も21~25年度に計画したパワー半導体の設備投資を一部減額することになった。
こうした状況下で、どうやって苦境を脱するかという作戦が必要なのだ。ロームは、SiCパワー半導体のコストを徹底的に削減することで中国勢と真っ向勝負することを決めた。東芝デバイス&ストレージは、製品ラインアップの幅広さを活かし、複数部品を組み合わせて提供するなど、モジュールベースでの提案を強化する考えだ。三菱電機は、コスト競争力で中国勢に引けを取らないSiC基板を実現するめどが立ってきたとしており、同社としては初となる8インチのSiC基板を使うパワー半導体工場を熊本工場で近々に立ち上げるのだ。
日本のSiCをはじめとするパワー半導体メーカーの底力に期待したいところではある。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。