電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第260回

LCP材料、事業化競争が加速


5G見据えて次世代基板材料の開発激化

2018/8/3

 日本では2020年から、第5世代移動通信システム(5G)のサービスが開始されようとしている。オリンピック・パラリンピックの一大イベントにあわせて、国も鳴り物入りで普及を後押しする。パワーアンプなどRFデバイスやアンテナなどを搭載するプリント配線板材料へも大きな影響が出てきそうだ。

 5Gは、既存のLTE(4G)サービスと比較して10倍以上の10Gbpsを超える高速・大容量通信スペックを持った桁違いの無線技術だ。2時間映画のダウンロードでも3秒(LTEは5分)で済むらしい。これを支える基板材料として、従来とは異なる低損失で高周波特性に優れた部材「液晶ポリマー(LCP)」の事業化に向けた動きが活発化している。現状はスタートダッシュで圧倒的優位な立場に立つ村田製作所グループが有利だが、クラレや住友化学など老舗化学メーカーも手を挙げ始めた。

メトロサークの原料工程も増産

 一躍、LCP基板を有名にしたのは「メトロサーク」と呼ばれる村田製作所が製造・販売する樹脂多層基板だ。アップルの17年旗艦スマートフォン(スマホ)「iPhone X」に4~5点搭載されたもようで、一気に市場が拡大した。現在、売上規模は数百億円としているが、これを3年後の21年には1000億円まで拡大させると鼻息が荒い。

 しかし、その製造難易度は極めて高く、メトロサーク事業は、17年度下期だけでも400億円という巨額の営業赤字となった。18年度上期までは依然赤字が残り、通期で黒字化を目指すという困難な道のりが続く。

 それでも、この先大きな市場が形成されるとみて同社は、石川県七尾市の(株)ワクラ村田製作所の敷地内に新棟を建設するほか、旧ソニー根上工場(石川県能美市)を取得し、増産ラッシュをかけている。

 村田製作所は基板のメトロサークをLCP原材料フィルムから内製化しており、その原料工程も増産することになった。生産子会社の伊勢村田製作所(三重県津市)に40億円を投じて新たに生産棟を建設し、ポリマーフィルムを用いた銅張積層板の能力を増強する。19年4月の竣工を目指す。

 同社がここまで大赤字を出しながらも、全く意に介さずさらに投資拡大に邁進するのは、近く到来する5G社会を見据えているからだ。4K/8Kの超高解像度動画や大量のデータを、瞬時に遅延なく伝送し、自動運転やVR/AR技術と融合させる5G通信インフラサービスにおいては、メトロサークがそれらのハードシステムの重要な部品になると確信しているからだろう。

 5G向けのワイヤレス機器の主要な基板材料には、既存のガラスエポキシ樹脂(FR-4)やポリイミド樹脂(PI)ベースから、今回注目のLCPをはじめフッ素樹脂などを配合した低伝送損失材料への移行が加速するとみられる。特にLCPはPIと異なり、より低誘電率特性に優れ、高耐熱性で吸水性も低いため、電気信号などのロスを少なくできる次世代材料として本命視され始めた。

 一方で、回路形成や部品実装の工程ではLCPの持つ特性から、従来にない製造ノウハウが求められるという。熱可塑性樹脂ゆえに、多層化形成時の高温積層プレス時や高温リフロー時には、材料が柔らかくなり、配線層やパターン形状に歪みや実装不良などが起こりやすいという。

 しかし、LCP特有の熱可塑性をよく理解することで、「多層化時の積層プレス温度などを柔軟に制御することや、R2R方式などによるFPC由来の加工システムを導入し、製造コストや生産性を大きく改善することが可能になる」(配線板・実装関係者)。時間とともに製造の習熟度を向上できる、と関係者は断言する。

 これまでは、村田製作所グループしかこのLCP基板を大量に供給できなかった。製造難易度のほかに、原材料となるポリマーフィルム原料を量産できたのは同社グループしかいなかったからだ。

クラレ、住化など続々参入

 ところが、この牙城を崩そうとする企業が登場してきた。大手化学メーカーのクラレだ。

 スマホ向けのLCP基板は、村田製作所が材料のLCPフィルムから一貫生産を行い、ほぼ市場を独占している。しかし基板に仕上げる製造工程が難しく、昨年は部品供給トラブルまで引き起こす事態となった。このため、基板用LCPフィルムで実績のあるクラレに昨年秋以降、引き合いや共同開発、量産依頼が集中しているのだ。

 クラレの現在の生産能力は年産100万m²としているものの、足元の旺盛な需要には応えられないとして、西条事業所(愛媛県)で新たに3割の能力増強に踏み切った。増産分は早ければ今秋にも寄与してくる。今後の需要動向次第では、新工場建設も視野に入れている。

 クラレのLCPフィルム「ベクスター」は、比誘電率2.9ε、誘電正接0.002であり、ガラスエポキシ樹脂などの一般的な基板材料よりも低い値が特徴だ。低伝送損失特性に優れており、高速伝送が本格化する5G時代の無線端末や通信機器の主要基材として売り込む。

 耐吸水性もPIより優れており、次世代の高速伝送基板に最適な特性を備える。折り曲げてもその形状を維持することができるため、スマホなどの実装スペースのないセット機器では高密度実装に最適な材料ともいえる。


 さらには住友化学も動き出した。
 新たに溶媒可溶性タイプならびに溶融張力を強化した新LCP樹脂を開発、サンプル出荷を開始した。また、高周波対応コネクター向けなどに射出成型コンパウンド用としても近くサンプル出荷を開始、ラインアップを拡充することで幅広い顧客ニーズに対応する。

 同社はLCP樹脂の開発では最古参の1社で、1975年から研究開発をスタートさせている。耐熱性や低伝送損失に優れるとして研究開発を行ってきた。

 電機業界では、基板用途向けに多層化や薄型化に貢献できるとして、90年代からフィルム型のLCP製品が市場に投入され、同製品市場では前述のとおりクラレや旧ゴアテックス(現伊勢村田製作所)が先行メーカーとなった。

 従来、LCP樹脂は溶媒には溶けなかったため、プリント配線板などに加工しやすいフィルム化がなかなか難しかった。普及製品でも押出成形かインフレーション方式に限定されており、その後のめっき処理など基板加工が難しく、量産や多層化が難航していた。

 今回、同社が溶媒で可溶性のあるLCP樹脂を新規開発したことで、新たに溶液キャスト法により基板材料として活用する手法が広がっているという。さらには溶融張力を確保して、加工性や信頼性を高めた。国内外の基板・部材メーカーから問い合わせが急増しており、今後の事業拡大に弾みがついた格好だ

 住友化学は、フィルムではなく樹脂ベースでの開発・量産化を視野に入れる。17年頭から同社のLCP樹脂への引き合いや問い合わせが増え始めており、国内外の基板メーカーやCCLメーカーなどからの注文が多いという。

 台湾勢も同市場への本格参入に躍起となっている。台湾FPC大手のキャリアテックは、台湾の2層FCCLメーカーのAZOTEKと組んで本格的にLCP基板の量産を目指す。台湾内に新棟を建設しており、長期的な供給体制も整える。キャリアテックは昨年のiPhone XへのLCP基板納入で、当初は有力なサプライヤーと目されていたが、結果的に歩留まりが安定せず、認定を得られなかった。捲土重来を期す構えだ。

 国内外勢入り混じって、次世代の高速伝送に対応した基板の覇権争いが激化しようとしている。

電子デバイス産業新聞 副編集長 野村和広

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