電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第325回

高機能配線板材料が5Gを支える


高周波対応で部材が多様化

2019/11/15

 来たるべき第5世代の移動通信システム(5G)の本格普及を控え、プリント配線板材料にも大きな技術革新の波が押し寄せてきている。材料が変われば工法も変わるわけで、国内基板・部材メーカーにも千載一隅のチャンス到来となる。

 5Gのプレ商業サービスが日本でもいよいよ開始された。一部世界で先行している「サブ6」GHz帯ではなく、準ミリ波の28GHz帯の本格的な5G対応の映像配信サービスだ。

 今までのサービスとは質が違う。NTTドコモが中心となり、日本中を沸かせた「ラグビーワールドカップ2019」の試合会場などで紹介された。様々な角度から試合や選手を見れるマルチアングル視点やライブビューイングが楽しめ、スポーツの新たな観戦スタイルが実感できた。まるで選手の近くにいるような臨場感に包まれるのだ。おそらく近い将来には、より高精細な画像などと組み合わせて、これまで見たこともない映像体験や迫力あるスポーツ観戦がより身近になるのだろう。

基板材料の低伝送損失化が必須に

 基本的に5G通信は、(1)高速・大容量、(2)信号の低遅延、(3)端末の同時多接続といった3つの機能が飛躍的に向上する。このため基地局や各種端末には、半導体特性の向上はもちろんのこと、電気特性の良い高周波対応のプリント配線板が必須となる。電気信号を劣化させることなく高速に処理することが求められており、基板材料の低伝送損失化を巡り、関連メーカーなどの開発意欲が刺激されている。

 従来の基板材料ではガラスエポキシ樹脂(FR-4)やポリイミド(PI)ベースの基材が主流であったが、今後はPTFE(フッ素)や液晶ポリマー(LCP)などが有力な基板材料として注目されている。いわゆるサブ6GHz帯では、既存のPIの誘電率(Dk)や誘電正接(Df)をより引き下げたり、PIの弱点である吸水率の特性を改善したモディファイドPI(MPI)がスマートフォン端末の一部に採用され始め、関連部材企業らも増産などの動きを見せている。

 そのLCPは、17年から本格的にスマホのアンテナや高速信号処理が要求される部位に数多く採用されるようになった。特に村田製作所のメトロサークが有名だ。またフッ素樹脂は、現状もっとも高周波対応に優れた素材として認知されており、使用環境が厳しく絶対的な信頼性が要求される宇宙・防衛関連などの高性能レーダーに搭載されている。

 しかし、LCPならびにフッ素樹脂には、基板を作るうえで色々な制約がつきまとう。LCPは熱可塑性ゆえに高温処理に不向きで、多層化などの積層や実装工程では熱対策を十分考慮しないと製造時に不良が多発する。フッ素樹脂も表面が硬く、超平滑なため特殊な装置を使い、表面処理加工を施さないと基板製造が行えない。一般的な基板製造とは異なり、それぞれ独自の製造ノウハウが必要になる。また、いずれも原料が高価という難問もある。

LCP代替製品が登場

 そこに商機があるとみた企業が、これらの課題を克服する新材料を相次いで提案中だ。特にここ1~2年で大きくその種類も増えてきた。直近ではJSRが開発した製品だ。

 JSRは、低伝送損失基板材料のTPE(Thermosetting Polyether)樹脂を独自開発、このほど量産を開始した。高周波対応基材で先行するLCPの代替として、本格的に市場投入を開始した。同社が開発した製品「ELPAC HC-F」は、熱硬化性樹脂の一種で、耐熱性もフッ素樹脂を上回る400℃強を確保した。そのベース樹脂となる新開発したHCポリマーは、10GHz時のDkが2.5、Dfは0.003を達成している。

 最大の特徴は、メタルなどの金属系材料や異種材料とも分子間接合を維持することができる特殊な機能があるため、材料同士の密着強度を確保するための銅箔表面を粗化処理する必要がない。このため、無粗化の電解銅箔と貼り合わせてもピール(引き剥がし)強度は1ニュートン(N)/mmを超えており、実用レベルで何ら問題はないという。さらに、銅箔表面を粗化しないため、伝送損失がなく高周波対応基板材料として最適としている。

 日本ゼオンも、電気特性に優れるシクロオレフィンポリマー(COP)の回路基板用途などへ市場参入を加速する。5G通信などの高速伝送が要求されるアンテナ回路基材用途として売り込む。現在、量産化をにらみパイロットプラントを稼働させているが、今後の需要次第では、本格量産拠点の建設も視野に入れる。

 日本ゼオンが開発中の「L-24」(開発コード名)は、融点260℃以上で、Df0.001以下、Dk2.3となり、一般的なLCPの電気特性を凌ぐ。さらには吸水率も0.01%以下となっており、次世代の高速伝送処理には最適な部材の1つとして期待されている。

 すでに、FCCLメーカーと共同で低誘電のボンディングシートと組み合わせて基板材料にしている。多層化構造も可能だ。高速伝送向けのアンテナ回路基板や、フラットケーブルとしての採用を本格的に期待する。さらにはミリ波レーダー向けの基板材料としても売り込む。

迎え撃つLCP陣営

LCP陣営も増産対応を本格化(クラレのLCP製FCCL)
LCP陣営も増産対応を本格化
(クラレのLCP製FCCL)
 LCP陣営も黙ってはいない。クラレがようやく重い腰を上げ増産に動き出した。LCP市場ではそれまで村田製作所のメトロサークが、材料の内製化から推し進めるなど独壇場となっていたが、ここにきてクラレも能力増強を打ち出し、材料不足の懸念を払拭する。高周波対応部材で先行するLCPだが、材料価格が値下がりしないのであれば、普及に向けて大きな障害になる。低コスト化を推進することで、新規基材の台頭を押さえておきたいところだ。

 クラレは、新たに鹿島事業所(茨城県神栖市)内にLCPフィルムを用いた銅張積層板「ベクスターFCCL」の量産試験設備を導入、サンプル出荷を開始する。2020年後半にも年180万m²まで引き上げる計画だ。同社は、西条事業所(愛媛県西条市)で18年から着手したLCPフィルムの生産能力増強を完了しており、今回の鹿島事業所では電解銅箔を貼り付ける設備導入を図る。

 同社は、従来LCPフィルムのみを供給してきたが、電解銅箔と貼り合わせてFCCLまでの製品に仕上げ、顧客のLCP採用意欲を促す戦略だ。当初は片面タイプから供給するが、両面タイプのFCCL製品の開発も加速し、市場投入を計画する。

 一方、最も高周波特性に優れるフッ素樹脂市場にも動きがみられる。PPEやメグトロン6のような、フッ素樹脂の弱点を克服した本格的な代替製品の登場が本格化してきている。フッ素樹脂が苦手とする多層化による高密度基板の量産にも道を開くことになる。現在、圧倒的なシェアを誇る米ロジャースも、いつまでも安泰というわけにはいかないだろう。

 恐らく、既存の高周波対応部材を巡る技術開発・市場シェアの激しい攻防はまだまだ続く。そして来たるべき5G技術の普及の暁にはどの製品がデファクトをとっているのか、本格普及期と言われている22~23年ごろにはその具体的な製品も明らかになっているだろう。

電子デバイス産業新聞 編集部 副編集長 野村和広

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