商業施設新聞
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No.757

接客


松本顕介

2020/5/26

 30年も前の話だが、初めてアメリカを訪れた時のことは今でも鮮明に覚えている。カルチャーショックの連続だった。今日より情報を仕入れる手段がない故、未知の連続。枚挙にいとまがないが、チェーンハンバーガー店は、なかなか興味深かった。ある都市のショップでの出来事だ。入り口に掲げられたサインには、入店お断りのようなものが記されていた。「裸足」「物乞い」、そして「大型ラジカセ」。他のエリアでは見かけなかったから、今から思えば本部主導ではないのかもしれない。エリアに権限が与えられていて、ある意味地域色なのかもしれない。

 当時、「ボックス」と呼ばれた大型ラジカセをかつぎ、大音量で音楽をかけるというのが、ヒップホップの人たちのスタイルだった。確かに大音量でビートの効いたサウンドで店内に入られたら、ラップが好きではない人たちにはひとたまりもない。店内には、オーダーを待つ長い行列ができていた。あまりにも進まないので、最後尾の客が業を煮やして、列の後ろから店員に「まだかよ。遅いぞ、もっとスピーディーにやれ」の意を含んだことを言ったものだから、さあ大変。接客していた店員は、「やかましいっ! あんたは◇□÷α▽○」の如く盛大にまくし立てていた。日本では、お客様は神様との訓示を受けていた筆者としては、こんな接客があるものかと、衝撃だった。

 それから30年。その当時はまだ街にほとんどなかった、今日マクドナルドを抜いて全米1万5000店以上あると言われるスタバ。その知名度は、もはや説明不要だろう。1990年初頭はまだ日本に上陸していないわけだが。そんなスタバは今年の夏、「サイニング ストア」なる店舗を東京都国立市にオープンする。聴覚に障がいのあるパートナー(従業員)を中心に、手話を主なコミュニケーションツールとして使用し運営する店舗で、国内では初めて、世界では5店目となる。

 スターバックスコーヒージャパンには、障がいを持つ人が350人以上働いている。その中で最も多いのが聴覚障がい者なのだそうだ。会社のプログラムでパートナーに将来の夢は何かと聞いたときに、聴覚に障がいを持つパートナーたちが「自分たちのお店をやりたいたい」ということだったので、会社がそのチャレンジをサポートすることが決まり、以来、「サイニングアワー」として数回にわたり聴覚障がいのパートナーを中心に店舗オペレーションのトライアルを行い、2019年10月には東京・東小金井の店舗で1日運営したという。そしていよいよ今夏、彼らの夢が叶う。

店舗での手話での様子(提供:スターバックスコーヒージャパン)
店舗での手話での様子
(提供:スターバックスコーヒージャパン)
 ちなみに、国立市付近にはろう学校があり、ろう文化に関して理解のある地域であると考えたため、今回の出店に至ったのだという。杞憂だが、スムーズにコミュニケーションを取れないことも出てくるかもしれない。そこは客も店員もイライラしないで、笑顔で乗り切ることが必要となるだろう。

 今、猛威を振るう新型コロナウイルス感染回避のため、米国では店員と直接対面しなくて済むアプリが開発されたという。それがニューノーマル(新常態)で日常となっていく一方、サイニング ストアのように、通常よりもコミュニケーションに時間がかかってしまうような店舗が増えてくれば、それもまた新潮流だ。通常とは違うものが得られるサイニング ストアのようなものが、これから増えてくるかもしれない。

 30年前、将来ロボットのいる店舗は想像できたが、まさか感染症が拡大して接客がそんな方向に、また障がいを持つ人が店舗を運営することになろうとは。さて、30年後、接客の姿はどのようになるのだろうか。
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